ゴミ本なんてない

色々な本の読み方の提案をしているブログです。

2024年読んで良かった本ベスト5

例の如くもう半年以上過ぎている2025年に、昨年のベスト本の記事をアップするのもどうかと思いつつ、もうこのシリーズは自分の人生の棚卸しの意味が大きいので継続にこそ意味があるのだ、と割り切り続行。2024年に読んだ本は計25冊と今まで最少でした。別の趣味にかまけ過ぎた…。その中でも心に残った5冊は以下の通りでした:

第5位「恐るべき緑」ベンハミン・ラバトゥッツ

数学者がブレイクスルーに到達するまでの紆余曲折をドラマチックに描いた、サイモン・シンの『フェルマーの最終定理』が本当に好きで、同じく科学者の栄光と挫折を扱っている本作を購入。

特に第一章が一番面白く、青酸カリ、シアン化物、ヒ素、塩素ガスといった毒物が、元々は染料や殺虫剤として開発されるも、人を殺すために用いられていく様子が、脳の神経、木の根のように話題が枝分かれしながら語られる。以降の章でも同様だが、とある分岐点では端役だった存在が、後の分岐点では主役になり、運命という大きな奔流に巻き込まれたような錯覚を覚えた。

しかし、ブラックホールを導き出したシュバルツシルトの第二章、超俗の数学者グロタンディークと「ABC予想」を証明した(かもしれない)望月の第三章、量子力学で世紀の発見をした物理学者達の第四章…と進むにつれ、フィクションの侵食が加速していき、な、なんか違う〜〜〜!と地団駄を踏みそうになってしまった。最終的には何が作者の創作で、何が史実か分からずいちいち確認するのも放棄した程。そもそも到達すべき「真理」はあるのか?希求すればする程遠ざかるのではないか?科学者達が陥った、既知の世界が崩壊する恐怖を、読者にも追体験させる事が目的か? サイモン・シンの「歴史の面白さ」を求めていたので(こちらも多分に誇張などの演出が含まれているだろうが)苦い思いもしたが、むしろゼ―バルト、トカルチュクらの文学作品と同じ系統のものだと捉えればそれはそれで面白い。同著者の核とAIをテーマにしたらしい"The MANIAC"はさらに評判が良さそうなので、是非読んでみたい。

第4位「中井英夫作品集」中井英夫

昨年から戦後~高度経済成長期頃までの日本がマイブームになり、昭和30年代当時の東京の雰囲気、風俗の描写が精緻ということで収録順では最後の「虚無への供物」から読み始める。初っ端から舞台が近所の日本堤のゲイバーでテンションぶち上り。一族の多くが非業の死を遂げている氷沼家で、新たに当主の弟の遺体が密室で発見される。事件か、事故か?殺人であれば、誰が、どんな手法で、どういった理由から手を下したのか?友人らは競って自身の推理を披露するが…。ミステリー好きには堪らない謎に次ぐ謎、そして期待に違わず博覧強記な著者による執拗なまでの情景描写が最高だった。当時の流行、事件事故への言及が豊富で、東京各所の様子が手に取るように伝わってくる。「やっぱさあ!!!知りたいじゃん!動機!!!」とはしゃぎながら読んでいた自分に冷や水を浴びせるような展開も納得感があり好き。「アンチ・ミステリー作品」と称される理由がようやく分かった気がする。しかしミステリーが好きだとは言っても古典に疎く、途中のミステリー談義(ノックス、ポー、ルルー、乱歩)に全く付いていけなかったので、一通り読んだ後に再読したい。

後は収録順通りに。「麤皮」バルザックがメフィストフェレスに魂を明け渡し、傑作を残すまでの前日譚。あまり印象深くはないが、著者が20歳頃の時に発表したと知り驚いた。なんて成熟した文章なんだ…。「黒鳥譚」『すべての水禽はある日”恥”の記憶だけを残してこんな形に変えられた』戦後への期待が裏切られ、恥へと変わる。戦後=時間の経過、成長とも取れる。動物園の檻の中に囚われた黒鳥が金貨を一飲みする童話のようなシーンから始まるせいか、欧州が舞台かと思いきや、すぐに煙突からの排ガスや、戦没者の墓に供えられた線香といった、戦後間もない日本の匂いが立ち上ってくる。好きだ…。「恥」をテーマにした作品は氏の著書に多くあるらしく、こちらもそれらを読んだ後に再読したい。「青髯公の城」避暑地の別荘で、麻子は運命の青年に出会うが…。本来大人が未成年に手を出すフィクションはかなり苦手なはずなのだが、あまりの妖艶さに陶酔してしまった。本書の中では一番好きな短編かもしれない。「虚無への供物」の時にも感じたが、著者はとにかく色彩と手触りへの執着が強い。服や紙や色を表す豊富な語彙で覆い尽くされる紙面のごとく、自分の視界も染まるため、没入感が凄まじい。そんな氏が書いた戦中日記『中井英夫戦中日記 彼方より』を読んだらどうなってしまうのだろう、と期待と不安で未だ手を出せずにいる。

第3位「三体」劉慈欣

いまさら!!!

文化大革命により、父と全てを失った葉文潔が宇宙に送ったメッセージ。それを受け取ったのは、ランダムに動く三つの恒星を持つ三体星人だった。過酷な母星系を捨て太陽系への侵略を企てる、圧倒的技術力を誇る三体星人VS人類の壮大な攻防史。

とにかくエンターテイメント小説として最高に面白い!色々理由は挙げられると思うが、まず自分のようにSF慣れしていない読者でもすぐに咀嚼できるように、科学的な内容を卑近なものを使って例えるのが凄く巧い、有名なビリヤード台のエピソードとか。後半に出てくる大好きな雲天明のおとぎ話なんてまさにそう。それだけでなく、双方の技術力の「凄さ」が視覚的にも伝わるように、オーバーなくらい派手に演出してくれている。視界から消えないカウントダウン、スライスされるタンカー船、次はなんだ、とページを繰る手が止まらない。適したタイミングでマクロな話をミクロに、ミクロな話をマクロに表現するのがとても巧い。そしてエンタメ作品に重要な要素であるタイムリミットもある。三体星人による侵略までに与えられた猶予は約四百年。その短い期間で対策を講じないといけない中で、三体世界から送り込まれた刺客「智子」によってこちらの手は全て筒抜けになる。後ろ手に縛られた状態の人類が、しかし、相手の思わぬ弱点を発見し…と双方の存亡を賭けた壮大なシーソーゲームが目まぐるしく展開していく。最後は一体どちらが勝利し、生き残るのか…?!

二巻目以降は「面壁計画」「階梯計画」「掩体計画」など、様々なプロジェクトに賭け、次代、そしてまた次代へと希望を託す数々の科学者や軍人が登場しこれまたアツい。舞台もマクロから超マクロへ、どんどんと壮大になっていきワクワクした。四巻目の一見全く違うファンタジー小説が始まったかに思えるコンスタンティノープル陥落のエピソードも、それ単体でもめちゃくちゃ面白く、著者の物語は今後も手当たり次第に読んでしまいそう。

しかし揚げ足を取るとすれば、男性の登場人物に対して女性はフィジカルな形容が多くキモい、殆ど欧米や亜細亜の存在のみ示唆され、まるでアフリカは端から存在していないよう、民衆の頭が良過ぎて説得力に欠ける点などが不満だった。エンディングも個人的には好きだが、果たしてそうまでして生き残りたいと思うのだろうか、人類は。結局その疑念がずっと拭えないままだった。

以下ネタバレのため要反転:

たった一字でも人類の足跡を残そうと足掻いたところで、興味ある「人」はいるんだろうか…?最後、三体文明と地球文明の記憶を残したメッセージボトルみたいなものを放つシーンで、いや「鈴木家の全史です」っていきなり見知らぬ人から手渡されても困るよなぁ…となんだか冷めてしまった(鈴木家のみなさんごめんなさい)。あまりにも話のスケールがデカくなり過ぎると、各文明の存在なんて無意味になっていくので、五巻分に費やした時間はなんだったんだ…と一瞬我に返りそうになってしまった。物語としての矛盾を孕んでいる気がするので、このシーンは蛇足だったと思うのだけど…。でもラストのようなスケールで物事を考えるひとときは至福以外のなにものでもなかった、広大な空間と時間の中で、人類が占める存在なんてほぼゼロに近い。そんな中で、同じ顔同士で殺し合っているのが本当に馬鹿馬鹿しくなる。

第2位 「黄金時代」ミハル・アイヴァス

黄金時代

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好きだった書評家の方が薦めており、書店でも半額だったので購入。カーボベルデとカナリア諸島の間に位置する、名もなき島の独特な習俗と価値観、そして一冊の「本」について。前半と後半の趣きが異なり戸惑ったがどちらも大いに楽しめた。

前半は島の滞在録。滝の流れの中に作られ、滴る水の音や輝きが愛でられる「上の町」、かつての征服者の面影が砂と消えた「下の町」。それぞれの町に住む島民達は隠された王の統治の下、時を香りで刻み、染みを分類し、駒も盤も失われゆく遊戯に興じる。彼らは終始拡張し、溶け、混じり合う無形の世界を愛する。何かを抽出し、誇張し、境界を設け、無形から有形を作り出すことに腐心する我々とは大違いだ。ゲシュタルト崩壊を「崩壊」とは見做さず、あるがまま受け入れる島民たちが末恐ろしい。侵略者が膝を屈したのも納得。自分の常識が崩れ足元が不安定になるようなこの感覚はクラリッセ・リスペクトールの『G・Hの受難』以来かも。

後半は住民が共有する一冊の「本」に焦点が当たる。その本は様々な人の手に渡りながら加筆と修正が繰り返され、絶えず変化する。蛇腹折になったページが様々なポケットに畳み込まれ、文字通りテクストの中にテクストが存在し、さらにそのテクストの中にテクストが生まれ、主線も伏線もない物語が無限に増殖していく。本書の別の部分でも語られる、中心がない絵、延々と拡大し続けられる絵画のよう。この本には絵画や映画、彫刻など、様々な芸術が登場するが、島民の本がそんな芸術の恒久性と普遍性を嘲笑したものである、という皮肉も面白い。

異国の紀行文として読むもよし、民俗学者の報告書として読むもよし、派生し変容する過程を楽しむ幻想文学として読むもよし。カテゴライズは出来ない、素晴らしく面白い一冊だった。

「芸術という形は無形の信念の前に立ちはだかり、芸術の音は沈黙の音楽を遮断してしまう」

第1位 「原色の街・驟雨」吉行淳之介

旧版の新潮文庫の表紙が気に入り購入したものの、数年間積読に。上記の通り昨年は戦後~高度成長期の日本にハマり、当時発表された作品集とのことで漸く手に取った。傑作、傑作…!!!ちゃんと読めて本っ当に良かった…!!!

表題作の「原色の街」は向島の赤線地帯で出会った娼婦あけみと会社員元木英夫の、たった二度の逢瀬とその結果を描く。恐らく偽名であろう、あけみ。対して、フルネームを与えられた、元木英夫。極めて非対称な二人が最後、共に高みから落ち、同じように夏の太陽を見上げ、目を眇める構図になるのが爽快だった。季節外れの牡丹雪のように舞い散る例の写真によって、物理的にだけでなく社会的にも二人が堕とされるのも巧い。やはり物語に高低差は凄く大事だ。鮮明なラストに震えた、素晴らしい一作だった。

同じく娼婦とその遊客を題材にした「驟雨」もとても好き。「僕の友人たちを紹介しようか」「可愛らしいお嫁さんを見付けてあげなくてはね」と、互いを牽制しつつも、のめり込んでいってしまう男の様子に目が離せない。わざと光が当たる席に座らせて、女の疲れ切った顔を暴こうする、誰でもある(と思いたい)嗜虐性を掬うのが巧い。「オーガズムに至らないようにする」≒「操を立てる」という言及が酷くナイーブに感じられて少し興醒めしたが、些細な瑕疵だ。

「薔薇販売人」も凄い…!下っ端社員が戯れに薔薇販売人を偽り、目を引いた夫妻の下を訪れるが…。見せていると思っている顔、見られている顔。見ていると思っている顔、見えていない顔。三人が仮面を何種も使い分け駆け引きに興じる様をただ茫然と見ているしかなかった。処女作とは思えない完成度。

一番好きな「夏の休暇」。息子、父、愛人、海。子供の頃の、分からないのに分かっている。言語化出来ないのに、知覚している。あの言葉に出来ない感覚を書き起こすことができるのか…!多分、ラストの息子の予感は当たっているんだろう。何度も繰り返し読むであろう名作。

最後の「漂う部屋」は、結核のためサナトリウムで療養していた自身の体験を基に書いた短編だそう。囚人と患者、短期入院者と長期入院者、病状急変した者とそれを見舞う者。外界から隔絶された療養所で繰り広げられる優位劣位のシーソーゲームを、私見を交えずここまで精緻に写実できるとは。やはり只者ではない吉行淳之介、残りの作品を読むのが楽しみだ。

この作品から派生して、同時期の木場・洲崎の赤線地帯を描いた『洲崎パラダイス』や赤線の短中編・対談・ルポを集めた『赤線本』などの良作にも出会えた事に感謝。

赤線本

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ベスト5一覧表

最後に

以上、2024年のベスト本でした。ノンフィクションを含め昭和の日本に関する本を多めに読んだ年でした。

過去のベスト本は以下です: