ゴミ本なんてない

色々な本の読み方の提案をしているブログです。

2021年読んで良かった本ベスト9

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毎年恒例となったベスト本の振り返り。今年も2021年に読んだ本の中からお気に入りを紹介します。余談ですが、順位は「この先再読する可能性がどれだけ高いか」に応じてゆるゆると決めています。何度も何度も繰り返し読むだろう、と確信を持てるくらい気に入ったものが上位に入るようなイメージです。そこまで深い意味はありません。

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2020年に読了した冊数は58冊。再読を含めると61冊でした。近年で一番少なかったかも。特に理由は思い当たらないものの、割と500ページ超の大作(主に京極夏彦作品 笑)ばかり読んでいたからかもしれない。ただ、その割には「当たり」と思える作品が多く、かなり満足度の高い一年でした。それでは早速お気に入りを紹介します。

第9位「方形の円」ギョルゲ・ササルマン

書店でサラッと中身に目を通してみたら、一瞬で恋に落ちてしまった一冊。め~ちゃくちゃ好き、ケン・リュウの「選抜宇宙種族の本づくり習性」やダニロ・キシュの「死者の百科事典」などの、架空の辞典文学のようなフィクションが大大大好きなので、36種の架空都市にまつわる掌編を収録している本作を気に入らない訳がなかった!

住民の要求に応えるために都市が形成されるのか、都市の形に適応するために住民が順応するのか。住民が形作った都市が、住民を形作る…そんな円環があまりに眩惑的で、灯蛾のように惹きつけられてしまった。いや、「サフ・ハラフ」(貨幣石市)の探検家のように虜になってしまった、の方が良いか。特に好きだった掌編は「・・・・・」、「クリーグブルグ」(戦争市)、「モートピア」(モーター市)、「サフ・ハラフ」(貨幣石市)、 「ノクタピオラ」(夜遊市)、「ダヴァ」(山塞市)。いずれかの都市が少しでも気になった方は手に取ってみて欲しい。

第8位「戦争は女の顔をしていない」スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ

『チェルノブイリの祈り』を読んで以降勝手に絶大な信頼を寄せている著者による作品。第二次世界大戦中の独ソ戦で、ソ連に侵攻したドイツ軍と戦った女性達の証言を集めた一冊。恥ずかしながら、米国の基礎教育では主に西部戦線のことばかり習うので、東部戦線のことは全く知らなかった。ここまで壮絶だったとは…。前線で泥に埋まった医療用メスの代わりに自らの歯で余計な肉を食い千切り、止血を試みた看護師。せめてもの手向けとして初めての口づけを死者に捧げた兵士。何度替えても真っ赤に染まる水に臆さず隊服を洗い続けた洗濯婦。敵に占領された場合に備え、窓から熱湯を投げる練習を繰り返した老婆…。戦勝国であるソ連の、主に自ら戦いに志願した者達からの視点とはいえ、それぞれが目の当たりにした地獄と支払った代償は途方もない。みなが命を賭して母国のために戦ったものの、勲章を与えられたのはごく僅か。帰還後も「売女」と罵られ…。

そんな苦境の中でも一部が語った「ささやかな幸せ」が忘れられない。上官がお洒落を一日だけ許してくれた日がどれだけ嬉しかったか。想い人から貰った一枚のチョコレートがどれだけ大事だったか。戦場の朝がどれだけ美しかったか…。俯きながら懐かしむ語り部の顔が浮かぶよう。

鳥はやがて戦争を忘れる。あれだけの血を飲み込んだ草木も戦争を忘れる。ただ人間だけが、記憶を言葉に換え文字として書き残せる人間だけが、戦争を後世に伝えられる。人間として生まれ落ちたからには、地獄を再体験しながら語ってくれたこの人達の記憶を心に刻みたい。

2021年の話題書となった『同志少女よ、敵を撃て』も、同様に東部戦線の少女兵士を題材としている。ただ、アレクシエーヴィチ氏のこの一冊の余韻がまだ抜けずにいるので、読めるのは当分先になってしまいそう。

第7位「となりのヨンヒさん」チョン・ソヨン

「もしも隣人が異星人だったら?」「もしも並行世界を行き来できたら?」様々なIFの世界を集めた短編集。ただ、少し考えればそのIFの世界も現実と変わりない。文化も言葉も見た目も違う人々が隣人になることは最近では当たり前になっているし、逆に、見た目は変わらないのにいわれなき差別に苦しむ人々の存在を忘れていたことにも気付かされる。

著者曰く「誰かを慰めるものを書きたかった」そうだが、どの短編も異質な者を決して無視したり排除したりしない誠実な眼差しがとても有り難く、いちいち涙が出そうになるものばかりだった。"closure"という英単語が思い浮かぶ。日本語でピタリとくる言葉はないのだけれど、「何かを完結させる」「何かに結末を与えてくれる」そんな優しさが物語に通底している気がした。線の端と端を繋げて輪にするような、失くしていたパズルの最後のピースを嵌め込むような、あの時あの人のあの表情の意味がようやく腑に落ちるような。現実でそんなことなんて滅多になくて、ずっとモヤモヤを抱えながら生きていかないといけない。だからせめて物語の世界では、という願いが込もっているように感じられた。

どの短編もかなり好きだったけど、特に「馬山沖」(死者の顔が海上に浮かぶ<リンボ>の絵面が完全にホラー、主人公にとっては過去の思い出と同様にひた隠しにしたいものでしかなかったのに、最終的には彼女を後押しする救いに転換しているのが良かった)、「雨上がり」(「秋風」と同じくどうしようもない時空的なズレに取り残された主人公が救われて安心した)、「開花」(読み進めていくと花を植えるという姉の反政府活動に予想以上に協力者がいることが分かり短いながらもハリウッド映画のような高揚感を覚えた)がお気に入り。レズビアンの登場人物も多いので女性同士が救われる暖かい物語を求めている人にもオススメ。

第6位「夜はやさし」F・スコット・フィッツジェラルド

グレート・ギャツビー』で有名なフィッツジェラルド最後の長編。九年もの年月を掛け精魂込めて執筆しただけあり、著者自身は「最高傑作」と評したらしいが、出版当時の販売は振るわず。彼の死後、世間から再評価されるに至った作品。エピソードを時系列に並べ替えた改訂版が出ているが、オリジナル版のこちらの方が断然オススメ!なんといっても章立てが秀逸。全体を三部に分け、まず第一部では女優として花開きつつあるローズマリーが母と共にフレンチリヴィエラの浜辺に訪れるシーンから始まる。そこで出会った精神科医ディックと妻二コルの輝きには、読者も魅了されること必至。特に彼らの邸宅で開かれる夜の宴の描写が走馬灯のように美しいんだよなぁ…。はしゃぐ参加者らの笑顔も刹那的で…。一転、第二部では過去に遡り夫妻の出会いを描く。そして野心溢れるディックの決断がどのような顛末となったか、最後の第三部で明かされる。古き良きアメリカの栄華と凋落を象徴していると言われる本作、アメリカ人がヨーロッパで大金をばら撒くような時代があったとは知らなかったので、とても新鮮だった。風呂の栓を抜いて、残り湯の渦がどんどん小さくなっていくような物語の終わりが堪らなく好き。年を重ねた後にまた再読すると思う。

第5位+4位「灰色の輝ける贈り物」「冬の犬」アリステア・マクラウド

筆者が少年期を過ごしたカナダの東岸に位置するノヴァ・スコシア州ケープ・ブレトン島を主な舞台とした短編集。生涯で残した16編を時系列に纏めた作品集『島』("Island")を、邦訳に当たり、前編の『灰色の輝ける贈り物』と後編の『冬の犬』に分け出版。スコットランドの移民が多く、主な産業も漁業・炭鉱業・林業という死と隣り合わせのものばかりのこの地域にも、時代の変化は波のように打ち寄せ、人々を飲み込んでしまう。豊かだった水や鉱脈は枯れ、誇り高き男達は老い衰え、伝統を受け継ぐはずだった息子や孫達は流れ出る血のように幹線道路を辿り都市部へと消えてしまう。しかし、筆者の記憶、そしてこの物語に残されたケープ・ブレトンの人々は、彼らが歌うゲール語の民謡のように力強く、誇り高く、美しい。ほんっっっとうに良い作品ばかりだった…。特に「船」ー漁師にならざるを得なかった父の思い出、「灰色の輝ける贈り物」ー成人への一歩そしてさりげない後押し、「秋に」ーラストの秀逸な夫婦の描写、「完璧なる調和」ーゲール語の遺産を描いた四編が凄く好きだった…。

第3位+2位「バベットの晩餐会」「運命綺譚」カレン・ブリクセン/イサク・ディーネセン

こちらも元々は『運命譚』("Anecdotes of Destiny")として一冊で出版されていたものを、日本では『バベットの晩餐会』の中編と、その他の四つの中・短編を収録した『運命綺譚』に分け、ちくま文庫が出版。ちなみに筆者は作品を英語で発表するときは本名のカレン・ブリクセン(カーレン・ブリクセン)を、デンマーク語で発表するときはペンネームのイサク・ディネセン(イサク・ディーネセン/アイザック・ディネーセン)を使用していたそう。名前の表記揺れが凄い。

特に「不滅の物語」が奇跡、至福、全美、なんとも形容し難い珠玉の一編で、こういう物語に出会うために日々本を読んでいるといっても過言ではない!一文字も変える必要がない、初読時はあまりの極致に居住まいを正し、音読し始めてしまった程。広東一の富豪とも噂される老商人が、預言者の言葉に触発され、水夫の語り草となっていた夢物語を実現しようと試みる。秘書が肌身離さず持っていたイザヤの預言(文字)から、船乗りの伝説(口伝)を、浅からぬ因縁がある女性をヒロインに据え(演劇)、行きずりの青年を主役に実演する(現実)。幻想から現実、そしてその先へと変える「言葉」の力が体現されている、これぞ物語の妙。しかし、最後はもはや言葉にすらあらず。一年の無言を課された青年の贈り物を耳に当てた時の音とは、そしてタイトルの「不滅の物語」とは。あぁ~完敗!

その他の作品、「水くぐる人」は前半と後半、あまりの違いにクラクラ。映画も有名な「バベットの晩餐会」は亀のシーンで声を出して笑った。至福の時間を演出した職人の芸、ゲストの誰もが食べたものを覚えていない程、というのがニクイ。シェイクスピアの『テンペスト』に基づく「あらし」もカツラが飛ぶシーンで笑うも、「バベット~」とは違って最後まで気を緩められない点がとても著者の作品ぽい。「指輪」も「彼」と目があった瞬間に自分の心臓も止まるかと思った。本当に凄い作品だらけ、オススメの二冊です。

第1位「闇の左手」アーシュラ・K・ル=グウィン

ネビュラとヒューゴー賞の二つのSF文学賞をW受賞した有名古典SF小説。過去に一度挑戦したものの、冒頭の固有名詞のオンパレードにパニックになってしまい暫く放置していた本作を再読。えぇ~ナニコレ本当に良い…本当に…良い…。読了して暫く経った今でも、目を瞑ればすぐに〈冬〉の氷原が浮かぶ程にはまだ余韻が抜けていない…。色々と胸に迫るものがあったので、何度も読み返すと思う。

未だ惑星外の生命体の存在を知らない辺境の惑星〈冬〉に住むゲセンの民に対して、宇宙連合エクーメンへの加入を促すため、使節の一人として彼らの下に訪れたゲンリ―・アイ。あくまで友好的外交を図る彼だったが、ゲセンの人々の「在り方」の違いに戸惑いを隠せない。誠意に満ちたように思える言葉の裏の真意は見えず、複数の国家や派閥の思惑も錯綜し…。また、発情期にしか男女の性が固定せず、通常時は無性であるゲセンの人々にとっては、常に男性であるアイは悪く言えば性的倒錯者のような存在で、奇異の目で見てくることもしばしばあるのだった。そんな中、まずはカルハイド国の王への謁見を試みたものの、頼みの綱であった宰相のエストラーベンが国外追放の憂き目に遭い…。

楽しみ方が無限にあるのが本作の魅力。まずは未知の民の信仰と風俗に初めて触れる、アイの体験をなぞる紀行文として。住まいの造りだとか、口にする物だとか、細かい所まで凝っていて興味深い。途中途中で挿し挟まれる民話や伝奇にもカラクリがあり、何度も戻って読み返してしまう。あとアイがずっと寒い寒い言っててこっちにまで震えが移りそう笑 また、性が可変であったなら社会はどのようなものになるか、といった思考実験の手本としても面白い。ニュートラルな存在ではなく、どちらにも転び得る両性の存在であるゲセン人。例えば男女にだけでなく、現代社会で弱者に位置付けられてしまう老人にも障害者にも貧者にも、誰もが交代で明日にはなる可能性があったとしたら導入される政策はどのように変わるのだろう、と思考を飛躍させてみても面白い。最後に、単純に大局的見地に立った二人の「きみとぼく」の物語として楽しむことも充分にできる。世界の命運を握った二人が、自身のためでなく世界のための選択をするのが…尊い…。

熱が篭り過ぎて感想が長文になってしまう程に間違いのない名作。未読の方は是非是非読んでくれ~!

ベスト9一覧表

最後に

以上、2021年のベスト本でした。殆ど京極夏彦作品を読み漁っていた年だったように思う…。そのうちブログ記事も書きたいと思っているので乞うご期待。あとは、古典を読んでいないからか引用に気付かず、作者の意図をきちんと汲めてないことが多いとようやく気付いたので、今年は古典を読む年にした方が良いかも。ギリシャの戯曲、『ハムレット』『オセロー』、スタンダール、ゲーテ、ディケンズ、ゴーリキー、ドストエフスキー、『魔の山』、『白鯨』辺り。さぁて、読めるかな。

ちなみに過去のベスト本は以下です: