ゴミ本なんてない

色々な本の読み方の提案をしているブログです。

ディストピア小説完全ガイド全51冊ー今だからこそ読みたい古典から新作まで

ディストピア文学完全ガイド

その過激な発言と排斥主義で世間の耳目を集めたトランプがまさかの大統領として着任した2017年初頭。途端に「ビッグ・ブラザー」といった造語を浸透させた事でも有名な、ジョージ・オーウェル『1984』が爆売れしたのも記憶に新しい。人間の究極の理想であるユートピアとは真逆の、破綻した近未来を描くディストピア文学。その金字塔と言っても過言ではない本作は、下手したらこうなるかもしれない、こうなってもおかしくない、という人間の不安を巧みに具現化し、時代を超越したメッセージ性があるからこそ、50年以上経った今でも数多くの人間に愛されている。

自分も例に漏れず『1984』を始め、ディストピア文学が大好きで結構読んでいたつもりだったのだけど、ここらで一旦今まで読んだ本の棚卸しするのにも丁度良いと思い、古典から新作まで、読んだ事があるものを全部まとめてみました。特に最近はかなり面白い作品が増えているので、邦訳がまだのものも含めて近代の作品を多めに紹介。

一口にディストピア文学と言っても数が多い分、どういう風にカテゴライズするのが良いか色々悩んだのだけど、せっかくなのでそれぞれの本が出版された年代と時代的背景でまとめてみました。併せてどのようなテーマを主題としているのかも。なぜ作者がその小説を書くに至ったか、を紐解く一助になれば幸い。個人的なオススメ度も星最大5つで紹介します。

ちなみに、ディストピア文学の話でいつも話題に挙がるのが、「この本はディストピアなのか」議論。この記事では、日本で多い理想郷とされる社会体制がある事が前提の「狭義のディストピア」ではなく、荒廃した世界、いわゆる暗黒郷を描いた作品も含む、欧米で主流の「広義のディストピア」を採用しています(私はどちらかと言うと後者の方が好き)。

放置された飛行機の画像

19世紀以前

ガリバー旅行記ジョナサン・スウィフト(1726年、アイルランド

おすすめ度:★★★☆☆ 階級社会系

あらすじ:船医であるガリバーが数々の船旅で訪れた、奇妙な国々の風土と文化を紹介した旅行記。小人の国リリパット、巨人の国ブロブディンナグ、空飛ぶ島ラピュータ、不死者の住むラグナグ王国、人間より高い知能を持つ種が住むフウイヌム国など。児童書として編纂されたものは最初の二編しかないものが多いが、全編を通して読むと、ガリバーの目を通して人間の自滅的なまでの欠点が浮き彫りになる。

感想ディストピア文学かユートピア文学かと問われれば分類が難しいのだけど、個人的にはどちらの世界も描いているので、両方に当たると思っている。『1984』を書いたジョージ・オーウェルを初め、様々な作家に多大な影響を与えた事で知られる本作。ガリバーが訪れた国々の奇妙な文明を通して、実に強烈に人間社会の愚(執筆された当初は英国社会の愚)を風刺している。小さい頃イラスト付きで読んだ事があったけど、全編読んでみてここまで皮肉たっぷりの作品だったとは思わなかった。あまりにも多くの作品(『天空の城ラピュタ』や『家畜人ヤプー』など)に影響を与えているので、まだ読んだ事がない人は一度最後まで目を通してみては。

テーマ:経済格差、階級社会

時代背景:当時イギリスに課された経済政策のためにアイルランド人は貧困に喘ぐ中、イギリス人は富を享受していた。この格差を痛烈に批判したのが本作である。格差や階級社会はディストピア文学の主題の一つ。

タイム・マシンH.G.ウェルズ(1895年、イギリス)

タイム・マシン 他九篇 (岩波文庫)

タイム・マシン 他九篇 (岩波文庫)

おすすめ度:★★★☆☆ 階級社会系

あらすじ:ついにタイムマシンを開発した主人公が、紀元から80万2701年後の未来にまで時空を旅する。そこでは人類が衰退とも呼べる進化を遂げていた。満たされ、牧歌的な生活を続けていたが故に弱くなってしまったエロイ種と、労働階級として虐げられ続けたものの、エロイ種を捕食するまでに至ったモーロック種とに二極化した人類。驚きを隠せない主人公だが、その間タイムマシンが忽然と消えてしまった事に気付く。

感想:最初のディストピア小説とも言われる本作。短いながらもインパクトのある名作。タイムトラベル自体は(まだ)荒唐無稽だが、ウェルズが描いた二種類の人類は非常に現実味がありゾッとした。なるべく現実感を持たせようとした作者の苦心が伺える。手軽に読めるディストピア小説を探している人にオススメ。ちなみに昔映画も見たがそれも非常に面白かったです。

テーマ:階級社会、人類の進化

時代背景産業革命により技術が急発展し、イギリス帝国の絶頂期であったヴィクトリア朝時代。ダーウィンの進化論も浸透し、人類の更なる発展を信じて疑わなかった人々の慢心に対しウェルズは本作にて警鐘を鳴らした。

1900年代

鉄の踵ジャック・ロンドン(1908年、アメリカ)

鉄の踵

鉄の踵

おすすめ度:★★☆☆☆ 階級社会系

あらすじ:1912年から1932年(執筆当時は未来)。少数の資本家が政治と生活を牛耳る、寡頭独裁国家と化しつつあったアメリカ。中流階級は消滅し、人々は奴隷の様に搾取される労働階級と金を使っても使い切れない程に余った資本家に二分された。独裁国家が台頭する前からその可能性を示唆していた青年エヴァーハード。彼が革命家の一人として立ち上がり、社会主義国家の建設を夢見ながら処刑されるまで続けた闘争の様子を、当時の彼の妻は手記に仔細に記していた。時は経ち、数々の革命を経て、ついに民の平等を約束した社会主義国家が設立された。それから400年経過した西暦2600年。歴史資料と化した手記に綴られた革命の時代を、ある学者が脚注を添えながら紐解いていく。

感想:執筆当時から見れば未来の事を書いた手記を、その更に未来の学者が、時には非常に長い脚注を添えながら解説している体の一風変わったフィクション。前半は筆者ジャック・ロンドン社会主義的思想が爆発しており、まるでマルクスの『資本論』をそのまま記述した教科書のよう。ただ実際の『資本論』よりかなり分かりやすかったけれども。後半は革命家達の闘争の様子、そしてそれを封じようと情報統制や粛清に力を入れる独裁的資本主義国家の様子を描いており、ようやく面白くなっていく。社会主義の幻想が潰えてしまった今、ロンドンの当てが外れた事が分かるが、一部現代にも未だ通じる部分が描かれている点が興味深い。『ガリバー旅行記』と同じく『1984』に強い影響を与えたと言われる本作。日本語訳は手に入れにくいのと、読み易いが全く面白くないのでだいぶ骨が折れるが、こんな感想でも興味が湧いた方は是非手に取ってみて欲しい。

テーマ:コーポクラシー、経済格差、階級社会、管理社会、情報統制、離反者の粛清、テロ

時代背景マルクスエンゲルスの『共産党宣言』が1848年に発表されてから、徐々に市井の間に広まった社会主義的思想。その思想に基づく社会革命運動は19世紀後半から20世紀前半まで活発化した。

1920年

R.U.R.カレル・チャペック1920年チェコ

ロボット (岩波文庫)

ロボット (岩波文庫)

おすすめ度:★★★★☆ 階級社会系

あらすじ:人間と寸分違わない超高機能ロボットが大量生産される時代。彼らは有機物から生成され、人間のクローンの様に、一瞥しただけではロボットと分からない。彼らのおかげで人間は労働という呪縛から解放され、効率的な生産により食料や服の値段も5分の1にまで下がった。そんなユートピアと言える時代に、彼らを生産するロッサム・ユニバーサル・ロボット社、別名R.U.R.で事件が起きる。

感想:「ロボット」という単語が初めて使用された事で有名な本作。劇なのでサクサク読める割りに示唆に富んでいて面白い。AIが目を見張るような発展を遂げている現代においては、一昔前まではよく見た無感情で「いかにも」なロボットよりも、まわりまわってチャペックが描いた様な人間とほとんど変わらないロボットの方がリアルかも。本作で問題提起されている「何を以てして人間と定義するか」はこれから更に熱い議論になりそうなので、今の内に是非読んでおきたい。果たして人間の知恵と知識を凌駕したAIは、現在の人間至上主義的社会を転覆したいと思うのだろうか。人間も人間で、着々と進化を遂げる彼らと共存するか、抗うのか、どちらの道を選ぶのだろう。

テーマ:コーポクラシー、医療技術の発展、AIの進化、出生率低下

時代背景:1914年から18年まで起きた第一次世界大戦で、人類は初めて化学兵器などのテクノロジーによる大規模殺戮を目の当たりにした。また、産業革命後の労働市場の拡大により、労働階級による組合の結成や、女性の参政権運動など、今まで「下級」と見られていた人々が権利を主張する機運が高まった。チェコではちょうど1920年に女性が参政権を得ている。

われら」エヴゲーニイ・ザミャーチン1921年、ロシア)

われら (岩波文庫)

われら (岩波文庫)

おすすめ度:★★★☆☆ 管理社会系

あらすじ:「単一国家」の統治から1000年、人々は透明な家々に住み、政府に生活の細部まで監視されながら、歯車の一つとして人類のために尽くす至上の喜びを手に入れていた。ついには宇宙にまでその触手を伸ばそうとしていた国家のため、巨大な宇宙船の建設に当たっていたD-503は、その栄えある作業の記録のために日記を付け始める。最初は政府の賛美に溢れたそれも、国家転覆を企むI-330との出会いにより疑念に塗れていきー。

感想:なかなか読み進めるのに難儀した作品だったが、ジャック・ロンドンの『鉄の踵』と並んでディストピア文学の祖とも呼ばれるからには読まない訳にはいかない。どんなに政府の全体主義的統治が進んでも、本作で描写されている様な性行為の管理や透明な家を使っての監視までは起きないだろうが、「いや待てよ、私達の政府は○○はしてるし××もしているよな…」と客観視する機会を与えてくれるので面白い。改めて冷静に自分の国を評価するきっかけが得られる作品だと思う。

テーマ:管理社会(職業・性交・妊娠出産・死)、国民総背番号制全体主義言論統制、離反者の粛清、生命の選別

時代背景:二度にも渡る政府の拘束を経験した作者の人生を緩くなぞった本作は、明らかに当時のソ連全体主義的政策を揶揄したものである。国内では出版できず、初めて世に出たのは24年のアメリカでだった。

審判フランツ・カフカ(1925年、ドイツ)

審判 (岩波文庫)

審判 (岩波文庫)

おすすめ度:★★★★☆ 管理社会系

あらすじ:ある日突然、正体不明の組織により明かされない罪の嫌疑をかけられた主人公。不真面目としか思えない職員の手により審理が進む中、馬鹿馬鹿しいと投げ遣りになる主人公だったが、彼の周囲はそれとは裏腹に事の深刻性を訴える。叔父の説得に折れ弁護士などに助けを請いあらゆる手を尽くす主人公だったが、努力の甲斐むなしく、全ては徒労に終わる。

感想カフカは友人に宛てた手紙で、「いいかい、必要な本とは、このうえなく苦しくつらい不幸のように、自分よりも愛していた人の死のように、すべての人から引き離されて森に追放されたときのように、自殺のように、ぼくらに作用する本のことだ。本とは、ぼくらの内の氷結した海を砕く斧でなければならない」と語ったそう。本作がまさにそれ。怖い、怖い、ただひたすら恐怖を感じる本だった。まるで誰かに追われているのに走っても走っても進まない夢を見ているか、吸っても吸ってもどんどん空気が薄くなる部屋に閉じ込められているかの様だった。政権批判を行ったジャーナリストが次々と投獄され、民主主義が危ぶまれている某国に住んでいる自分としては、何もかもが他人事に思えない。一読してディストピア文学と位置付けるか悩む一冊だが、官僚政治の恐怖を巧み過ぎるくらいに捉えたディストピアの名作だと思う。

テーマ全体主義、離反者の粛清

時代背景:本作が執筆された1910年代は、ヨーロッパ諸国政府が徐々に官僚制に移行しつつあり、次第に民衆を抑圧する政策が施行され始めた。

1930年代

すばらしい新世界オルダス・ハクスリー(1932年、イギリス)

すばらしい新世界 (光文社古典新訳文庫)

すばらしい新世界 (光文社古典新訳文庫)

おすすめ度:★★★★☆ 階級社会系

あらすじ:西暦2540年に起きた終末戦争で暴力と殺戮に疲弊した人類は、安定を手に入れるため、それまでの文明を放棄した。新しい時代では大量生産技術の祖であり効率性を追求したT・フォードを神として崇め、人々は完璧なカースト制度に服従する。子は試験官から生み出され、胎児の頃から施される情操教育により自らのカーストに不満を抱く事はない。幸福感を安定的に供給する薬物の力も借り、誰もが愛を手に入れたこの「すばらしい新世界」に不満を漏らす者などいないはずだったがー。

感想:高校時代好きだった人に薦められて読んだ本。これを薦めるとは今になって思えばなかなか…。まぁそれはさておき、30年代に書かれたとは思えない程ポップな本作。現代の常識からかけ離れているかと思えば類似点も多くある世界に心が掻き乱され、読んでいる間中まるで自らもドラッグを摂取してハイになっている様な気分になってしまったのが物凄く印象に残っている。読後は矢張り二日酔いの様な気持ち悪さが残った。果たしてこの「すばらしい新世界」はユートピアだろうか?それともディストピア?読む人によって意見は変わるだろう。私がどちらかと思ったかは秘密。

テーマ:階級社会、管理社会、全体主義、ドラッグ乱用、遺伝子操作、生命の選別、愚民政策

時代背景:1931年にイギリスを襲った大恐慌により職を失った人々は安定を声高に求めた。また、ハクスリーは渡米時に見た消費市場への盲信や若者の性の奔放さに衝撃を受け、その経験を本作執筆時の参考とした。

十八時の音楽浴海野十三(1937年、日本)

十八時の音楽浴

十八時の音楽浴

おすすめ度:★★☆☆☆ 管理社会系

あらすじ:ミルキ国と呼ばれる独裁国家では、覚醒及びマインドコントロール効果がある1日30分間の音楽浴を義務付ける事で、全国民を統治下に置いていた。ある日、欲を出したミルキとその愛人兼側近が、1日の限度時間を引き上げ継続した音楽浴を要請。過度な刺激により骨抜きになった国民は迫り来る火星人の侵略に成すすべもなく、人類は崩壊の危機に立たされる。

感想:突拍子もないストーリー展開に笑ってしまった。国民が暇を持て余し性転換手術に耽る描写など、ユニークで面白いアイディアもある。どこか漫画を読んでいる様で、手塚治虫を連想した。短く青空文庫で無料で読めるので、手に取ってみては。

テーマ全体主義、マインドコントロール、離反者の粛清、地球外生命体による侵略

時代背景1920年代後半から低価格化したラジオが一般化するなど、科学技術の発展が顕著になった。また、火星の接近が話題となり、1938年には宇宙人の侵略を描いたウェルズの『宇宙戦争』のラジオ放送が人々をパニックに陥れた。

アンセムアイン・ランド(1938年、イギリス)

Anthem (Xist Classics)

Anthem (Xist Classics)

おすすめ度:★★☆☆☆ 管理社会系

あらすじ:あらゆる技術が衰退し、再び暗黒時代となった未来。そこでは個性は抹殺され、生まれてから死ぬまで、集団の中で暮らし集団のために身を捧げる事を求められる。職業や性的パートナー、余暇の過ごし方まで議会が全会一致の下決定する中で、抗いきれない好奇心に突き動かされた主人公は、徐々に社会の「道理」から足を踏み外していく。人間のエゴこそを至上とした、個人主義への賛美歌。

感想:20代までロシアに生まれ育ち、同じくロシア革命全体主義に基づいた圧政を経験したためか、ザミャーチンの『われら』と非常によく似ている。ただこちらの方が短いので、『われら』を読むのに骨が折れると感じる人は代わりにこっちを読んでみても良いかも(最初主語がずっと「我々」なので慣れるまで大変だったが)。プロットの複雑さもその分減るが、全体主義に対する痛烈な批判は変わらない。ちなみに日本語訳をこのサイトで無料で読めます。

テーマ:管理社会(職業・妊娠出産・死)、国民総背番号制全体主義言論統制、愚民政策、離反者の粛清

時代背景:1917年に起きたロシア革命以降、ソビエト連邦全体主義を採用し、表現の自由に対する弾圧や離反者の投獄・粛清が頻発した。

1940年代

真昼の暗黒アーサー・ケストラー(1940年、イギリス)

真昼の暗黒 (岩波文庫)

真昼の暗黒 (岩波文庫)

おすすめ度:★★★☆☆ 管理社会系

あらすじ:革命の後に政権を握った党の古参幹部だった主人公は、党のトップである「ナンバー・ワン」の粛清の餌食となってしまう。ありもしない容疑で囚われの身となった彼は監獄の中で、かつて自らも犠牲としてきた「同志達」の最期を思い出していた。共に革命時代を駆け抜けた盟友に取り調べられ、革命後の世界しか知らない男に尋問され。ついに罪を認める決心をした彼を待ち構えていたものとはー。

感想:こちらも『1984』に強い影響を与えたと言われる、限りなくノンフィクションに近いディストピアンフィクション。言われてみれば監獄程ディストピア的な小空間もないな。それも全体主義国家のそれとなれば。本作の「目的のためであればどんな手段も正当化される社会」は、残念ながら今も世界中の国々で再現されている。主人公と同じ末路を辿る人々はこれからも絶えないだろう。ちなみにこの作品、カフカの『審判』と比較して読んでみても面白いかもしれない。

テーマ全体主義、情報統制、離反者の粛清

時代背景:本作は1930年代のスターリンの大粛清時代に行われたモスクワ裁判をモデルとしている。

動物農場ジョージ・オーウェル(1945年、イギリス)

おすすめ度:★★★★☆ 管理社会系

あらすじ:人間の搾取に耐え切れなくなった農場の動物達が、ついに反乱を起こし主人を追い出す。全ての動物の自由と平等を約束した新生「動物農場」では、かしこい豚達の指導の下、あらゆる動物達が協力し合いながら労働に励んでいた。しかし、幸福な日々も長くは続かず、豚達による恐怖政治の幕が上がってしまう。

感想:寓話の様にシンプルだからこそ、そのメッセージが鋭く刺さる。執筆当時はイギリスの同盟国だったソビエトスターリンによる全体主義を痛切に揶揄しており、スウィフトの『ガリバー旅行記』の強い影響が伺える。一度読了した高校当時は何の感慨もなかったのだけど、より多くの国の情勢に(少しは)詳しくなった今改めて再読すると、そのテーマの普遍性に舌を巻く。権力に溺れた指導者が政治を牛耳るシリアやカンボジアなどに動物農場の姿を重ねずにはいられない。選挙の時はどちらの側にも投票する猫や、老いているからこそ最初からどうなるか分かり切っているロバなど、個性的なキャラクターも沢山登場。『1984』に通じる種が沢山あるので、初オーウェルの方はまずは『動物農場』から読む事をオススメします。

テーマ:管理社会、階級社会、離反者の粛清、全体主義、情報統制、愚民政策

時代背景:1936年から37年までスペイン内戦に参戦し、共産党によるプロパガンダと恐怖政治を目の当たりにした筆者は、本作と『1984』でそれらを痛烈に批判した。

一九八四年ジョージ・オーウェル(1949年、イギリス)

おすすめ度:★★★★★ 管理社会系

あらすじ:核戦争後、主要三大国が牛耳るようになった世界。その一つであるオセアニアでは一党独裁体制が敷かれ、家庭に備え付けられたテレスクリーン(監視機能付きテレビのようなもの)や積極的に推奨される密告などで離反の芽は早期に摘まれていた。更に、極端に簡略化された新言語「ニュースピーク」の浸透により、複雑な思考や議論の力を奪われた市民は政府のプロパガンダ通り、敵への憎悪と党への忠誠を示すために心血を注ぐ。そんな世界の模範市民の一人だった主人公だが、ある女性との出会いにより彼の人生は暗転してしまうのだった。

感想:名作名作、これぞ名作。「ニュースピーク」と言われる新言語や、相反する思想をも受け入れてしまう「二重思考」、作中作としての社会学的論文「ニュースピークの諸原理」まで、かなり細部まで作り込まれており、初めて読んだ時はその精緻さに衝撃を受けた。本作程極端ではないかもしれないが、個人のプライバシーの保護に対価が必要になってきている現在の世界も、今後ますます似たようなものになるのかもしれない。終わりに救いがないのが残念だったが、それ以外の道は有り得ない、と納得してしまう程本作には説得力があった。ディストピア文学の金字塔としてこれからもことあるごとに引用され続けるであろう本著、未読の方は是非是非手に取って欲しい。

テーマ:管理社会、全体主義、階級社会、相互監視社会、離反者の粛清、情報統制、愚民政策

時代背景:『動物農場』と同じくスターリン全体主義を批判した本作。筆者が結核と闘いながら執筆しただけあって、より苛烈で鬼気迫る内容となっている。

1950年代

プレイヤー・ピアノカート・ヴォネガット(1952年、アメリカ)

おすすめ度:★★★☆☆ 階級社会系

あらすじ:戦時中の労働力の不足を補うため、広範な機械化に着手した人類。結果、ほとんどの仕事は機械が肩代わりし、残った人間はその機械を管理する立場にある知的エリートと、機械に仕事を奪われ生きる意義を失った大衆に二分された。親の七光りもあり、着々と富と地位を手にしていた主人公ポールだが、次第に自身の立場に疑問を抱く様になりー。

感想:『スローターハウス5』で有名なヴォネガットのデビュー作。普通に吹き出してしまう様な皮肉の効いたユーモアで溢れていて、話がよりまとまっていて分かり易い分、こちらの方が好き。簡単に言えば主人公を含めたおじさん達が、年甲斐もなく権力に抗う話。特にエンディングは主人公が予想していた様なものではなかったものの、妙にカタルシス溢れるヒューマンドラマです。それにしても本作に描写されている事のほとんどが現代で実現していて、作者の先見性にはびっくり。学士号は持っていて当たり前、誰もがその先の博士号を目指す学力主義の世界で、持つ者と持たざる者を隔てる深い溝。現代と答え合わせをしながら読んでみるのも面白いかもしれない。

テーマ:階級社会、管理社会(職業)、コーポクラシー、相互監視社会

時代背景第二次世界大戦ゼネラル・エレクトリックに勤めていた筆者は、そこで機械による作業の自動化を目の当たりにし、本作の着想を得た。

華氏451度レイ・ブラッドベリ(1953年、アメリカ)

おすすめ度:★★★★☆ 言論統制

あらすじ:ありとあらゆる書籍の所持は死を意味し、「消防士」によって速やかに焼却される近未来。人々は四方の壁に取り付けられたテレビから垂れ流される番組を諾々と鵜呑みにし、一切の能動性を失う。そんな生活に疑問を持たなかった消防士のガイだが、ある日花の色や雨の味を静かに堪能するクラリスという少女に出逢ってから、彼の豊かな生活に歪みが生じ始める。

感想:実はレイ・ブラッドベリはご存命の頃にサイン会に行ってツーショットを撮ってもらったにもかかわらず、『たんぽぽのお酒』しか読んでいなかったのをここに白状します。今度読もう今度読もうと思いつつ手に取ったのもつい最近の本作。言論統制が最も煽情的に描ける焚書をテーマに選ぶ当たり、作者のセンスが伺える。また、クラリスという少女が文学作品史上好きなキャラクタートップ10に入るくらい良いキャラなのだけど、この子も含め登場人物一人一人に、小説では明言されていない過去がある事を伺える辺りが巧み。彼らのその後を知りたい、次作があれば是非読みたい、と思える小説。

テーマ言論統制、愚民政策、相互監視社会、離反者の粛清

時代背景:アメリカでラジオに取って代わり人気を得たテレビ。51年にはカラー放送も始まり、人々の視聴時間も圧倒的に増加した。また、マッカーサー政権下の赤狩りによる言論統制と相互監視の風潮は表現者を含める多くの人間を恐怖に陥れた。

アイ・アム・レジェンドリチャード・マシスン(1954年、アメリカ)

おすすめ度:★★★☆☆ パンデミック

あらすじ:人類は滅亡した、ただ一人の男を除いて。急速に広まった謎の病原菌により、想像上の生き物であったはずの吸血鬼と化してしまった人類。兵役時代にできた免疫のおかげで奇跡的にその運命を免れた唯一人の男、ロバートは、要塞化した自宅で夜な夜な襲い来る吸血鬼達との孤独な闘いを続けていた。酒と殺戮に溺れながらも繰り返し思い出すのは、自ら手にかけた妻と娘の姿。そんなある日、真昼の陽光の下で歩く女を目にしたロバートはー。

感想:ウィル・スミス主演の映画から入った自分としては小説の内容があまりに違い過ぎてびっくり。面影無くないか?!そして矢張りと言うか小説の方が面白い。ゾンビ物の金字塔として、今では当たり前となった鉄板的な描写が多数あり、ゾンビ物好きとしてはたまらない作品。時代錯誤な要素が一切なく、50年代に書かれたとは思えない程新鮮味たっぷり。64年・71年・07年と、過去三度に渡り映像化された実に息の長い作品であるのも頷ける。ニンニクや十字架が嫌い、など吸血鬼独特の「症状」の科学的な理由付けが特に面白かった。

テーマパンデミック

時代背景:作者本人は否定しているものの、共産主義の拡大とアメリカの赤狩りがピークに達していた時代に書かれたため、無意識的に「急速に拡がる未知」への恐怖を描いたのではないかと言われている。

蠅の王ウィリアム・ゴールディング(1954年、イギリス)

蠅の王 (新潮文庫)

蠅の王 (新潮文庫)

おすすめ度:★★★☆☆ ポストアポカリプス系

あらすじ:第三次世界大戦と思われる戦闘の最中、疎開のため乗っていた飛行機が撃墜され無人島に流れ着いた少年達。あくまで救助を念頭に、理性と秩序を持って集団を律しようとする主人公ラルフと、徐々に島の自然に飲まれ、狩りと殺戮に明け暮れる蛮族と成り果てた少年達。社会規範と言う枷から解放された人間は、どの様な道を辿るのか。人間の悲しい二面性を炙り出した衝撃の一冊。

感想:高校時代に課題で出されて読んで以来、今でも思い出すだけで胃がムカムカする程大嫌いな本作。映画も見せられある種のトラウマになっている。それだけ強烈なインパクトを与える作品である事は間違いない。ヴェルヌの『十五少年漂流記』とは偉い違い。好きか嫌いかと言われれば大嫌いだが、良いか悪いかと問われれば、豊富なシンボリズムを用い人間の本性を問う、大変な良作だと言わざるを得ない。

テーマ:暴力による統治、離反者の粛清

時代背景第二次世界大戦中、海兵として前線に加わった筆者。冷戦初期に書かれた本作では、彼の人間の本質に対する暗い見解が伺える。

家畜人ヤプー沼正三(1956年、日本)

おすすめ度:★★★☆☆ 階級社会系

あらすじ:結婚を控えたドイツ人女性のクララと日本人男性の麟一郎のカップルは、ある日ドイツの山中で未来人の墜落現場を目撃してしまう。帝国EHS(イース)から来たと名乗るその未来人は、アクシデントにより身体が硬直してしまった麟一郎を治すため、二人をイースに連れていく事を申し出る。あらゆる技術が発展したその国は、アングロサクソン系の白人を頂点に、黒人の半人間の奴隷、そして様々な肉体改造を施され字義通りの肉便器や性玩具に身を変えられてしまったヤプーと呼ばれる日本人により形成された完全なる格差社会であった。また、徹底的な女権主義国家でもあり、権力は全て女性が握っていた。そうとも知らず麟一郎と二人、イースに行く事に同意したクララ。初めは麟一郎の容態を気にかけていた彼女だったが、次第に権力と暴力の甘美なる魅力に陶酔していく。

感想:『ガリバー旅行記』から着想を得たであろう本作。知ってはいたけど内容はかなりえげつない。だいぶ人を選ぶので要注意!ヤプーと言われる日本人があらゆる肉体改造を受ける様子や、白黒黄色人種からなる格差社会の様子など、イース文明を科学的文献を参考にしている体でつまびらかにしている。私達が日々家畜に行っている事と、かつて奴隷や穢多非人と呼ばれる人々に対して平気で行っていた(現在も一部行っている)行為の残虐性を思えば、本作で描かれた世界もあながちあり得なくないのかもしれない。どーーーっしても拭えなかった疑問は一つだけ。「ヤプーの加工にそれだけの労力をかける意味はあるのか?!もっと楽な方法あるだろ!」ただ暇で裕福な人間が行い得る悪行の例は歴史の貴族を見れば枚挙にいとまがないので、こちらもあながちあり得なくもないのか…。

テーマ:人種主義、階級社会、医療技術の発展、女尊男卑

時代背景第二次世界大戦の敗戦後、欧米的価値観が急速に広まった日本。これには美の定義も含まれ、「白人コンプレックス」とも言える観念も併せて広まった。

1960年代

高い城の男フィリップ・K・ディック(1962年、アメリカ)

おすすめ度:★★★☆☆ 仮想・平行現実系

あらすじ:もし第二次世界大戦で枢軸国が連合国に勝利していたらー。大日本帝国ナチス・ドイツが世界の権力を二分する、そんなまさかの世界を舞台にした群像劇。旧アメリカ合衆国で、日本人にへつらいながらアメリカの品を切り売りする宝石商。別れた妻に再度振り向いてもらうため、一旗揚げようと意気込むユダヤ系アメリカ人。そんな彼の事は露知らず、カルト的人気を博しているある本の作者に会うため、行きずりの男とアメリカ横断の旅に出る元妻。ナチス・ドイツのスパイと思われる男の素性を調べるよう命を受ける日本人官僚。そんな経歴も人種もバラバラの彼らが、図らずとも世界の真理に触れる事になる。

感想:ディックは難しそう、という勝手なイメージからずっと敬遠していたのだけど、予想以上にサクサク読めた。読み応えたっぷりなのにこのサクサク感、こんな事ならもっと早くに読んでいれば良かった!初ディックには持ってこいの作品かもしれない。人種に焦点が当てられている所が実にアメリカ的で、日本人には理解し辛い部分もあるかもしれないが、緻密な舞台設定が好きな人にもオススメ。

テーマ:人種主義、生命の選別

時代背景:1960年代のアメリカは黒人の公民権運動や女性解放運動が起き、本作の登場人物の様に、一般市民が強大な権力に抗う場面が多く見られた。

時計じかけのオレンジアントニイ・バージェス(1962年、イギリス)

おすすめ度:★★★☆☆ 管理社会系

あらすじ:若者が独自のスラングを使い、特に理由もなく強盗やレイプなど暴虐の限りを尽くす近未来。15歳の主人公アレックスも類に漏れず、ギャングの筆頭として夜な夜な蛮行を繰り返していた。頭を抱えた政府は自らの体制維持のため、未だ効果の程は未知だった新しい「治療」を彼らに施す事とする。行動療法に基づくこの「治療」は、患者が悪行を想起しただけでも吐き気や痛みなどの強い拒絶反応を引き起こさせるものだった。仲間の裏切りに遭い警察に捕まったアレックスはこの治療を受けるがー。

感想キューブリックの映画でも有名な本作。高校時代の課題図書だったはずだけどあまりの嫌悪感に大人になるまで一度も手を取らなかった。読み終わっても思うけどやっぱり嫌いだなぁ。実際もっとエグい本は沢山読んでるはずなのにここまで嫌悪してしまうのは何故だろうー。個人の自由意志をあまりに尊重し過ぎているからか。アレックス程の凶悪犯罪者、所謂異端者を洗脳するのは悪くない、と自分は思ってしまう。そう思う自分は作者が悪としている全体主義的政府の一部で。自分の嫌な所を見せつけられた様で忌避してしまうのかもしれない。若い頃に読んでいたらまた感想も違っただろうか。いずれにせよかなり考えさせられる作品なのは確か。同じく自由と拘束をテーマにした『カッコーの巣の上で』や、アウトローを題材にし若者の絶大な支持を得た『ファイト・クラブ』と比較して読んでも面白いかもしれない。最初はスラングを解読するのに戸惑うかもしれないが、いつの間にかスラスラ読める様になるのでご心配なく。

テーマ:管理社会、全体主義、犯罪の横行、ドラッグ乱用

時代背景:当時のイギリスでは若者のカルチャーが活発化。同時に青少年犯罪も増加していた。筆者の一人目の妻は1944年にロンドンで4人の暴漢に襲われ結果流産しており、この時の体験が本作に影響を与えたと思われる。

2300年未来への旅 ローガンの逃亡」ウィリアム・F・ノーラン(1967年、アメリカ)

Logan's Run #0 (English Edition)

Logan's Run #0 (English Edition)

おすすめ度:★★★☆☆ 管理社会系

あらすじ:1960年代の蜂起をきっかけに政治の主導権を得た若者は、人口爆発を抑えるため、人類の寿命は満21歳までという法律を施行した。産まれた時に右手のひらに施された花の色は、年を重ねる毎に黄、青、赤、そして寿命の終わりを示す黒へと変わる。花が黒く変色した者の大半は法の通り安楽死を選ぶものの、中には定められた運命から逃げ出す者も居た。そんな逃亡者を追う「サンドマン」である主人公ローガン。今まで目を背けていたが、彼にもやがてその運命の日はやってくる。自ら死を選ぶか、一縷の望みにかけるか。選択を迫られたローガンは、ついに狩る側から狩られる側となったのだった。

感想:丁度50年前に発表されたとは思えない程、現代の読書に耐え得る内容(というか1967年が50年前と言うのも未だに信じられないけど)。なんだろう、古臭さが全くなく、今流行のティーン向け小説を読んでいるよう。テーマは今でも通じるし、時代が目立ちやすいテクノロジーの描写は最小限に抑えられているからかもしれない。ページ数があまりないからかコロコロと場面が転換するので、この少々急かされている感覚は好き嫌いが分かれそうだが、私は楽しんで読めた。如何せん日本語版の小説はなかなか手に入れにくそうなので、英語版を読むか、映画化作品を見るしかなさそう。近い内また映画化するとの噂があるので、原作に興味がある方はその時に新しい訳本が出る事を期待しても良いかも。そうれにしても邦題のダサさが本当に痺れる。

テーマ:管理社会(妊娠出産・死)、人口爆発飢饉、離反者の粛清

時代背景:本作で描写されている若者の蜂起は60年代の学生運動から着想を得た事は明らか。また、1960年には人口が30億人に達し、『TIME』紙の表紙に「人口爆発」という言葉が躍るなどして人々の耳目を集めた*1

アンドロイドは電気羊の夢を見るか?フィリップ・K・ディック(1968年、アメリカ)

おすすめ度:★★★☆☆ 階級社会系

あらすじ:三度目の世界大戦の後、核汚染により地球上の生物のほとんどは死滅してしまった。大半の人間は火星に逃れ、アンドロイドを奴隷として使役しながら生活していた。地球に残された者達は、核汚染が進行し過ぎ、火星への移住が叶わなかった人間と、絶滅を逃れた数種の動物、そして火星での迫害を逃れ地球に逃げ込んだアンドロイドと、それを狩る「賞金稼ぎ」のみだった。そんな「賞金稼ぎ」の一人であるデッカードは、地球へ逃亡した8名のアンドロイド処理の命を受ける。問題は、彼ら新型のアンドロイドは一目見ただけでは人間と変わらず、自身を人間と信じて疑わない者までいる事だった。

感想:知らない者はいないであろうSFの定番作品。映画『ブレードランナー』の原作。例の如くタイトルからして難解そうで今まで避けてきたけれども、信じられない程読み易かった。人間と違う点は他者に感情移入できるか否かだけ、というアンドロイド像は興味深い。AIが目覚ましい進化を遂げている中、果たして彼らは「共感性」を得る事ができるのだろうか。本作でも、死を前にしてムンクの絵を欲しがったり、伴侶の死を嘆いたりする様な、実は人間的感性も既に得ているのではないか?と疑わしいアンドロイドが何体か居るのが興味深い。人間とは?を同じく問う『R.U.R.』と是非読み比べてみて欲しい。

テーマ:階級社会、AIの進化、核戦争、核汚染、環境破壊、コーポクラシー、生命の選別

時代背景:半世紀もの間に二つの世界大戦を経験した人類。本作が執筆された60年代も冷戦の真っ只中で、三度目の大戦を恐る者も多かった。また、レイチェル・カーソンによる『沈黙の春』が62年に出版されベストセラーとなった。人間による環境汚染がより深刻性を帯びた時代だったと言える。

1970年代

天のろくろアーシュラ・K・ル=グウィン(1971年、アメリカ)

天のろくろ (fukkan.com)

天のろくろ (fukkan.com)

おすすめ度:★★★☆☆ 仮想・平行現実系

あらすじ:薬物の過剰摂取がばれ、精神科医の治療を受ける事を命じられた主人公。そんな彼が薬物に依存する理由は、見ると必ず現実になってしまう夢をなんとか抑制するためだった。彼の才能と可能性に気付いた精神科医は、人口爆発と飢えに喘ぐ世界を救うために、自らが開発した機械を用い強制的に夢を見せ内容をコントロールしようとする。しかし目論見は外れ、主人公の夢は暴走し、世界は徐々に悪魔的な姿に変貌していくのだった。

感想ル=グウィンと言えば『ゲド戦記』のイメージだったので、こんながっつりSFを書いてるとは知らなかった。とにかく最初の2章の衝撃を味わうためだけでも読んで欲しい。思わず声が出てしまった。主人公も気弱で儚げだが、優しくて個人的にとても好き。また、何回も世界を上書き更新していく中で垣間見える、グウィン的ディストピア世界が面白い。癌が発覚した瞬間に粛清される優生学的な社会や、中東戦争で大量の死人が出ている世界など、実に有り得そう。そんな目まぐるしく変わる混沌とした世界で変わらず愛を求める主人公の姿を見て、結局これはディストピア小説ではなく究極の恋愛小説なんだと思ったりもした。

テーマ地球温暖化、環境破壊、人口爆発飢饉、生命の選別、地球外生命体による侵略

時代背景:1974年にはわずか50年で人口が20億人から40億人に倍増*2。人口増加による環境破壊が問題となり始めた。また、60年代に激化した人種問題やベトナム戦争、1968年の月面着陸などから影響を受けたと思われる。

死のロングウォークスティーブン・キング(1979年、アメリカ)

おすすめ度:★★★☆☆ デスゲーム系

あらすじ:軍事政権下のアメリカ。100人の少年達はひたすら歩く。朝も昼も夜も、食事の際も、排泄の際も、休みなく。時速4マイルを下回って良いのは3回まで。4回目の減速で、少年は「チケットを買わされる」―もとい、撃ち殺される。最後の一名になるまで。優勝者はどんな望みも叶えてもらえる権利を得るが、果たして少年達はその権利と自分の生をどこまで正確に天秤にかけられているのか。観客達の歓声を浴びながら、少年達がただただ歩き続ける。

感想:まだあどけなさが残る少年達が容赦なく射殺されるデスゲーム。最後までこのゲームが設立された経緯や意図が判然としない点が恐い。少年たちの死の意味は一体何なのか。ただ、同じような事は現代の戦争にも言えるのかもしれない。ライバル間で芽生えた友情も、結局最後は自ら踏み躙らざるを得ずー。ホロコースト時、自分の父親を容赦なく見捨てたユダヤ人エリー・ヴィーゼルが書いた『夜』を少し思い出した。エンディングが若干肩透かしだったが、シンプルに面白い。

テーマ:軍事国家、離反者の粛清

時代背景:70年代のベトナム戦争時の徴兵制度を揶揄している?また、同じく70年代はゲームショーのルネッサンス期と呼ばれた時代。視聴率獲得のために内容はますます激化していった。

1980年代

ニューロマンサーウィリアム・ギブスン1984年、カナダ)

おすすめ度:★★★★★ 仮想・平行現実系

あらすじ:仮想空間に身を投じ、企業の機密情報を盗む事を生業としていたハッカーであるケイスは、仕事の失敗から脳神経を焼かれ、ダイブする能力を失ってしまった。生き甲斐を奪われたケイスはドラッグに浸り、スラムでチンピラ同様の生活を送る。そんな彼の前に、脳神経を回復する引き換えに、仕事を手伝うよう持ち掛ける謎の人物が現れる。モリイと自称する女とタッグを組み、更に強力なチームを編成するために宇宙を飛び回るケイスだが、この計画が超進化型AIによって仕組まれたものだと知りー。

感想:すっげえぇぇぇぇぇ好きぃぃぃぃぃ。サイバーパンクの元祖と呼ばれる本作、しょっぱなから物凄い速さで圧倒的な世界観が構築、展開される。目を閉じれば広がるサイバーパンクの世界、映画館で見る映像と遜色ない彩りと迫力。意味の分からないスラングも多いけど、それのおかげでどっぷり別世界に浸れるし、すっ飛ばしても実は物語は成立するし、とにかく勝手に解釈してでもいいからとっとと続きが読みたくなるストーリーの疾走感がある。そして何よりキャラクターが最高に魅力的。一歩間違えると究極的にダサくなりかねないキャラクターも絶妙に格好良い。ヒロインのモリイとか掴み所のないリヴィエラとか。登場人物の過去をヘミングウェイの氷山理論に則り8割方隠しているからかも。仲間が次々に加わる『ONE PIECE』や少し古いが『幽遊白書』的な演出もニクイ。仮想空間を自由に泳げる世界、そしてAIが自立して人間をコントロールする世界。現在のネット世界よりも更に先を描いたであろう作者の先見性にただただ脱帽し、酔い痴れる。別世界へ現実逃避したい人に是非勧めたい。『攻殻機動隊』や『BLACK LAGOON』が好きな人にもオススメです。

テーマ:AIの進化、コーポクラシー、犯罪の横行、ドラッグ乱用、環境破壊

時代背景:80年代初頭からパーソナルコンピューターが普及し始め、軍事利用を目的とした広域ネットワークの研究も開始された。これによりサイバーパンクというジャンルが流行ったが、90年代に入りこれらのテクノロジーが身近になるにつれ流行も落ち着いた。

エンダーのゲームオースン・スコット・カード(1985年、アメリカ)

おすすめ度:★★★☆☆ ゲーム世界系

あらすじ:通称「バガー」と呼ばれる地球外生命体による二度に渡る侵略をかろうじで食い止めた人類。三度目の攻撃に備え最高の宇宙艦隊指揮官を育成すべく、「バトル・スクール」が設立された。そこでは、遺伝子操作で生み出された子ども達が数々のシミュレーションゲームをこなしながら、指揮官としての能力を磨き上げていく。6歳ながらも早くも天才として頭角を現したエンダーは、人の上に立ち、彼らの命を握る重圧に耐えられるのか―。

感想:エンディングが特に衝撃的だった。砂粒を凝視している中ふと顔を上げたら大海原が目の前に広がっていたような感覚は忘れそうにない。また、作者による前書きにあった「子供は大人の思っている以上に世界を理解している」という言葉も印象的だった。ストーリーも面白いが、エンダーの苦難や葛藤がダーク、そしてリアルなので、子供向けと決め付けず、是非大人にも読んで欲しい。

テーマ:ゲーム世界、地球外生命体による侵略、遺伝子操作、産児制限

時代背景:85年はちょうどスーパーマリオブラザーズがベストセラーとなり世界で最も売れたゲームとしてギネス登録された年。70年代後半から米国で主に軍事訓練にゲームを取り入れる動きが始まり、80年代に本格化した*3

侍女の物語マーガレット・アトウッド(1985年、カナダ)

侍女の物語 (ハヤカワepi文庫)

侍女の物語 (ハヤカワepi文庫)

おすすめ度:★★★★☆ 管理社会系

あらすじ:ギレアデ共和国と呼ばれるかつてアメリカだった地は、宗教の名の下に厳しく統率された階級社会へと進化した。そんな街で侍女として暮らすオブフレッド。異常なまでに出生率が低下してしまった世界で、彼女は司令官の子を設けるためだけに家に仕えている。ただ生殖のためだけに生かされ、監視された息苦しく孤独な毎日を送る彼女の唯一の心の拠り所は、記憶に残るかつての夫と子と過ごした時間。そんな彼女の生活にも、少しずつ歪みが生じ始める。

感想ディストピア文学の中でジェンダーの視点が大きく取り入れられるのは女性作者ならではかも。英語で読むと途中まで気づかないけど、侍女の名前の『オブフレッド』や『オブグレン』が、「フレッドの〜」「グレンの〜」と男性の所有物を意味する事が分かった時点でゾゾゾッと悪寒が走った。不妊の原因が男性には一切なく、女性にのみあるとされる本作の「常識」は、現代の日本でもどこかで聞いた事があるようなないような…。荒唐無稽なはずの話なのに、真実が必ずどこかに潜んでいるディストピア文学の醍醐味を味わえる作品。

テーマ:宗教国家、階級社会、相互監視社会、離反者の粛清、男尊女卑、出生率低下

時代背景:60年代、70年代に反して80年代のレーガン政権下のアメリカでは女性の権利の後退が多く見られた。女性政治家が減少した上、女性が裨益者の大半を占める雇用・教育・保育・DVの被害者支援に関する施策の大幅な予算削減、中絶に対する厳しい締め付けなどが施行された*4*5。また、当時まだ謎の多かったHIV/AIDSが猛威を振るい始め、人々を恐怖に陥れた。

1990年代

人類の子供たちP.D.ジェイムズ(1992年、イギリス)

人類の子供たち (Hayakawa Novels)

人類の子供たち (Hayakawa Novels)

おすすめ度:★★★☆☆ ポストアポカリプス系

あらすじ:1995年、突然人類は繁殖する能力を失った。滅亡が間近に迫ったイギリスでは、生きる意味を見失い、想像の世界に逃げる者や刹那的な快楽に身を委ねる者で溢れかえった。そんな中、大学で教鞭を執る主人公セオは日記をつけ始め、いとこでイギリスの国守となったザンとの思い出や、ある女性との運命的な出会いを綴る。その女性から知らされるザン政権の闇、そして人類の可能性とはー。

感想:設定が面白い。支えられる人口が少なくなったため、老人に集団自殺を強制したり、海外から安い賃金で労働力を得て奴隷の様に扱ったり。人類の終焉が明確になった時に、人間と社会は実際どう反応するのだろう、色々想像を掻き立てられる。自分はどうするかなぁ。これぞイギリス人と言いたくなる程皮肉たっぷりの主人公の言い回しだけでも読んでいて面白いので、是非手にとってみて欲しい。

テーマ出生率低下、生命の選別、離反者の粛清、情報統制

時代背景:実際人間の不妊率に変化はないようだが、80年代以降不妊治療が発達し、セレブによる利用などで知名度が上がったため、以前より不妊の問題が社会に浸透するようになった*6

ギヴァーロイス・ローリー(1993年、アメリカ)

ギヴァー 記憶を注ぐ者

ギヴァー 記憶を注ぐ者

  • 作者: ロイスローリー,島津やよい
  • 出版社/メーカー: 新評論
  • 発売日: 2010/01/08
  • メディア: ハードカバー

おすすめ度:★★☆☆☆ 管理社会系

あらすじ:遠い遠い未来、生産や消費など、生活のあらゆる要素が徹底的に管理されたコミュニティ社会。そこでは格差・貧困・犯罪も無ければ、争いの種になるような曖昧な発言も無い。性欲や痛みまでもが薬物によって制御されているため、人々は何も迷いもなく、幸せな日々を送る事ができる。生涯就く事になる職業が通告される「12歳の儀式」を心待ちにしていたジョーナスだが、彼の職業は思いもよらぬものでー。

感想:アメリカでは中学の課題図書として、ほとんどの学生が一度は読んだ事があるであろう児童書。鉄板ネタを多く盛り込んでいて、悪く言えばオリジナリティに欠けるかもしれないけど、ディストピア的な世界を児童向けに描いたのに意義があるのでは。ネタバレになるので言えないが、画一化も究極まで進むと、感情以外にもあるモノが失われてしまうのではないかという示唆が非常に衝撃的だった。個人的に終幕のシーンが好き。

テーマ:管理社会(職業・妊娠出産・死)、言論統制産児制限

時代背景:90年代といえば、アメリカでは丁度「ポリティカル・コレクトネス(ポリコレ)」という単語が市井に浸透し始めた頃。偏見や差別を忌避するあまり、人間を人間たらしめる個性をないがしろにしてしまうのでは、と画一化に対する警鐘を鳴らす人々も増えた。

Parable of the Sower」オクティヴィア・E・バトラー(1993年、アメリカ)

Parable of the Sower (Earthseed)

Parable of the Sower (Earthseed)

おすすめ度:★★★★☆ ポストアポカリプス系

あらすじ:二部作の一作目。世界は徐々に狂い始め、経済は崩壊し政府も機能しない無秩序状態に突入した。人々は増加する暴力、強奪、強姦、そして殺人から身を守るため、自治区とも言える集落を形成し始める。一旦は安息を得たそんな自治区の中で暮らす黒人の少女ローレンは、平穏無事な毎日はただの仮初めであり、来るべき災いに備えるべきだ、と唯一警鐘を鳴らす。そんな彼女はついにキリスト教の神を捨て、「神は変化である」と説く宗教を作り上げるのだが、ある日、「災いの日」はとうとうやってきてー。

感想:まさかの日本語翻訳本は未発売!アメリカでも他作品と比べると若干マイナー。それでも、ディストピア文学のリストに入れない訳にはいかない程の名作と感じたので強引に突っ込みました。大学のディストピアの講義でも課題図書として選ばれる事が多々あるらしいのも納得。作者はSF界の中でも珍しい黒人女性で、マイノリティーの視点から描いたディストピアは非常に貴重。日本に住んでいると実感が湧き辛いが、ポストアポカリプスの世界で女性、かつ人種的マイノリティーであった場合、その体験は更に凄まじく過酷なものになるであろう、と本作を読んで確信した。また、ポストアポカリプス作品では珍しく、完全に荒廃しきった世界ではなく、それに至るまでの過程を丁寧に描いていて面白い。また、『1984』のニュースピークと同様、新興宗教である 「アースシード」が聖書も含めだいぶ作り込まれているので、そういった細かい舞台設定が好きな人にもオススメ。最後に、民衆の恐怖を煽った白人至上主義の大統領が当選したくだりは全くもって現実そのままで戦慄した。

テーマ地球温暖化飢饉、経済格差、コーポクラシー、ドラッグ乱用、犯罪の横行

時代背景:90年代は有名なロサンゼルス暴動も起き、60年代以降アメリカで最も人種問題が表層化したと言える時期だった。また、地球温暖化のリスクが80年代後半より徐々に科学者だけでなく一般市民にも認識されるようになり、世界の終わりを見越す者も増えた。

白の闇ジョゼ・サラマーゴ(1995年、ポルトガル

白の闇 新装版

白の闇 新装版

おすすめ度:★★★★☆ パンデミック

あらすじ:ある日タクシードライバーが運転中に突然失明し、その視界が白の闇に包まれる。その失明症は強力な感染性を持ち、一瞬で世界は失明者達で埋め尽くされた。ただ一人、最初の患者を検診した医師の妻を除いて。

感想:すっごい好き…。大きな声では言えないけどパンデミック系、ゾンビ系作品が大好きな自分にとって貪るように読める作品だった。特に、目を背けたくなるような人間の汚い部分ー食を求めての暴力、殺人、強姦の横行などーが非常にリアルに描かれており、実際に起きてしまうのうではないかと思わせるくらい説得力があった。小説の終わり方も非常に綺麗。ちなみに谷崎潤一郎を思わせる、句読点がほぼない文筆スタイルは最初は結構読み難く感じるかもしれない。

テーマパンデミック、人口隔離

時代背景:90年代にピークを迎えたHIV/AIDSから着想を得たのではないかと思われる。西欧の中でも特にポルトガルは、貧困・ドラッグの使用・刑務所の過密問題などの要因から、AIDSや結核などの感染症の発生率が非常に高かった*7SARSと豚インフルパニックは出版後。

ダイヤモンド・エイジニール・スティーヴンスン(1995年、アメリカ)

ダイヤモンド・エイジ〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)

ダイヤモンド・エイジ〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)

おすすめ度:★★☆☆☆ 階級社会系

あらすじ:共通の理念、宗教、もしくは種族により形成された国家都市「ファイリー」から成る近未来。どこのファイリーにも属さない少女ネルは分子レベルで物を構築できるナノテクノロジーの普及により、食べ物や服には困らなかったものの、孤独な生活を送っていた。同時期に、ある使命を帯びたトップ企業のお抱えエンジニアが、最新技術の粋を集めた教育用初等読本「プライマリー」を製作する。このプライマリーがある事件をきっかけにネルの手に渡り、彼女は文字通り本に育てられる事となるがー。

感想:不思議な程登場人物に感情移入できなかった。主人公の女の子も皆どこか人間離れしていて、まるで一昔前のロボットの様。登場人物一人に強い欲求が一つ、はい終わり!という感じで重層感がなく、物凄く薄っぺらく感じてしまった。作者の意図した所なのか気になるが、ストーリーの発展も含め全体的に中途半端な感が否めなかった点が残念。テクノロジーによる子供の教育は今のスマホタブレットで育てられている子供を見るにこれからどんどん加速していくだろうし、読者の反応によって内容が変化するコンテンツなんて今のターゲティング広告よりも更に進化するだろうし、人間が吸う空気や血液にまでナノテクが浸透した近い未来も想像に難くない。こうしたワクワクするテクノロジーの描写は純粋に面白かったので、それだけに勿体ないと思ってしまった。それにしても作者が描写した通り、テクノロジーの恩恵によって人間が造った階級の壁は超えられるだろうか。そうであって欲しい所。

テーマ:階級社会、人口隔離、経済格差、コーポクラシー、環境破壊、医療技術の発展

時代背景:パーソナルコンピューターを含めたテクノロジーの教育への活用は70年代の頃から既に実現していた。また、本書で大活躍しているナノテクノロジーは、86年にドレクスラーという工学者が出版した本により広く知られる事となった。

バトル・ロワイヤル高見広春(1999年、日本)

バトル・ロワイアル

バトル・ロワイアル

おすすめ度:★★★☆☆ デスゲーム系

あらすじ:現代の北朝鮮を彷彿とさせる、全体主義国家である大東亜共和国。そこでは「プログラム」と称し、全国から中学3年生のクラスを毎年50クラス選出し、生徒同士で最後の一人になるまで殺し合うサドンデスゲームを強制実施していた。各クラスは指定のエリアに収容され、全生徒に武器が供与される。24時間以内に誰も死ななければ、全生徒の首輪が自動的に爆発。時間と共に進入禁止となるエリアも徐々に増え、万一足を踏み入れればそこでも首輪が爆発。生徒達は殺るか殺られるか、究極の選択を迫られる。例えそれが友人であってもー。

感想:日本におけるデスゲームジャンルの金字塔と言っても過言ではない本作。本記事でも紹介している『蠅の王』や『死のロングウォーク』から着想を得たと思われる。2000年には藤原竜也主演の映画が爆発的にヒット。中学生だった当時、R-15指定だったそれを友人の兄からなんとか貸してもらい、隠れるように観たのも今となっては良い思い出だし、少年少女同士の殺戮の衝撃は今でも忘れられない。映画と比べて小説の方が矢張りキャラクターの心理描写に重きを置いている分、人間関係がより鮮明になっている。映画も小説もそれぞれの良さがあるので甲乙つけがたい、というのが正直な所。

テーマ全体主義、軍事国家、離反者の粛清

時代背景:少年による凶悪犯罪は年々減少しているものの、80・90年代はマスコミによってセンセーショナルに書き立てられるものが増えた(名古屋アベック殺人事件や女子高生コンクリート詰め殺人事件など)。

2000年代

オリクスとクレイクマーガレット・アトウッド(2003年、カナダ)

オリクスとクレイク

オリクスとクレイク

おすすめ度:★★★☆☆ ポストアポカリプス系

あらすじ:唯一の人間の生き残りとして、荒廃した世界に取り残されて生きる「スノーマン」。彼の他に「人間」と呼べる者は、スノーマンの旧友であるクレイクが遺伝子操作によって生み出した「クレイクの子供達」だけ。企業のお抱え科学者達がカーストの頂点に立ち、自由に新種を創生し売買する時代は終わった。どこか浮世離れしたクレイクと、二人が同時に魅かれてしまったオリクスと過ごした遠い昔に想いを馳せるスノーマンは、ただ一つの約束を守るために今日も飢えと孤独に耐えながら余生を消化していく。

感想:『侍女の物語』で有名なマーガレット・アトウッドは実は他にもかなりの数ディストピア作品を書いている。いずれも独特の雰囲気があってとても好き。物語の舞台もそうだが、登場人物達も全員どこかもう一線を越えてしまっていて、超然とした雰囲気が漂う。夢のようであり現実のようでもあり…不安定な世界を揺蕩う感覚を味わえる一冊。

テーマ:コーポクラシー、遺伝子操作、階級社会、地球温暖化パンデミック

時代背景:2003年と言えば、2001年の同時多発テロにより世界の終末を意識する人々がまだ多かった頃。また、00年代は医薬品の価格を釣り上げ暴利を貪る製薬会社が問題になり、その問題は現在も続いている*8

クラウド・アトラスデイヴィッド・ミッチェル(2004年、イギリス)

クラウド・アトラス 上

クラウド・アトラス 上

おすすめ度:★★★☆☆ コーポクラシー系・ポストアポカリプス系

あらすじ:六篇からなる群像劇。19世紀、仕事のため太平洋を航海中の人物の手記。1930年代、視力を失いつつある著名な作曲家の下に師事する、若き鬼才から恋人へ宛てた手紙。1970年代、原子力発電所の安全性に疑問を抱いた記者がその秘密を暴こうと奮闘するスリラー小説。現代、老人ホームになかば幽閉されたしまった老人の脱出劇を描いたコメディー映画。未来、ウェイトレスとしてファストフード店で働き、後に革命を起こす事となるクローンへのインタビュー。荒廃した未来、祖父の口から語られる不思議な出会い。時代を超え、人間が絶対的権力と理不尽な暴力に抗う様を丁寧に描く。

感想:舞台は1850年代の過去からポストアポカリプス後の未来まで、時間軸は共通の六篇からなる群像劇。ディストピアと言えるのはその内の二篇、か。とにかくプロットの構成が秀逸。A→B→C→D→E→F→E→D→C→B→Aと鏡合わせの様に構成されているが、Aに登場した小物や細工がBに登場し、Bに登場した物がCに登場して、とマトリョーシカの様に重層的。前半、超続きが気になる所で各章が終わる所がニクイ。更に時代に合わせて登場人物達が話す言語にも変化が加えられている。私は原文を読んだのだけど、これは大変な訳者泣かせに違いない。長く難解で読み進めるのに苦労した上、好きかと問われると微妙だが、その構成力に敬意を示して星4つ。

テーマ:コーポクラシー、医療技術の発展、階級社会、管理社会、離反者の粛清

時代背景:本作は弱者から搾取する、捕食的側面を持つ人間の普遍性を描いているため、時代背景は関係が無いかもしれない。

シャングリ・ラ池上永一(2004年、日本)

おすすめ度:★☆☆☆☆ 階級社会系

あらすじ地球温暖化が進行し、国連の議決を経て炭素の吸収削減が通貨として機能するようになった世界。東京では、地上の森林化を強行し、代わりに巨大な塔「アトラス」を建設し住民を移住させる計画を立てた。しかし、政府の公約とは裏腹に実際にアトラスに居住出来る人間の数は制限され、下界に留まらざるを得ない難民が大量発生した。襲い来る森と激しい豪雨に見舞われる毎日に痺れを切らした主人公は、反政府ゲリラの一員として反逆の狼煙を上げる。

感想:う、う〜ん、ぶっとんだ設定は嫌いではないのだけど、ステレオタイプ化された陳腐なキャラクターとご都合主義的展開のために、読み進めるのに本当に苦労した作品だった。似たようなテンポのファンタジーであれば、夢枕獏の作品などの方が余程文章が巧みで強くオススメできる。まぁ本作も、例え冗長であっても、頭を空っぽにしてアクション映画を観る人が好きな人にはオススメ出来るかも。

テーマ地球温暖化、環境破壊、経済格差、階級社会、コーポクラシー、離反者の粛清

時代背景:80年代から懸念されるようになった地球温暖化も未だ収束の兆しが見えず、人々を不安に陥れている。

アグリーズスコット・ウェスターフェルド(2005年、アメリカ)

アグリーズ〈1〉あたしがキレイになる日

アグリーズ〈1〉あたしがキレイになる日

おすすめ度:★★☆☆☆ 管理社会系

あらすじ:不細工な「アグリーズ」として生まれても、16歳の誕生日を迎えれば、外科手術で誰しもが美しい「プリティーズ」になれる世界。外見による差別と格差がなくなったため、争いもいつの間にか消えた平和で平等なこの世界で、美しい少年少女達はその美貌に酔いしれ生を謳歌しながら日々を過ごす。誕生日が待ちきれない未だアグリーズの主人公は、ある日興味本位で彼らの宴に忍び込みー。

感想:良くも悪くもヤングアダルト向けな点は否めないが、外見が統一化される事で秩序だった世界が生まれるという視点は面白い。違う人種同士の結婚がこのまま増えれば、その内世界も一つの人種になって、差別は結果的に無くなるのかもしれない、と昔先生が言っていた事を思い出した。

テーマ:階級社会、管理社会、医療技術の発展、離反者の粛清

時代背景:美への憧れと執着は人間の不変のテーマだが、それが高まるあまり2005年のアメリカでは、1000万件の整形手術が施術された。2004年と比較すると11%も多く、更に2000年と比較すると38%も多い数字だ*9

わたしを離さないでカズオ・イシグロ(2005年、イギリス)

おすすめ度:★★★★☆ 医療社会系

あらすじ:主人公キャシーは「介護人」として、長年同じ寄宿学校に通い、青春期を共に過ごした友人や初恋の人の看病に勤しむ。病院までの往復、車中で思いを馳せるは懐かしい学校での日々。淡い初恋や、友人とのささいな喧嘩。そして同時に思い出すは穢れに触れるかのように怯えた目をした教師や、一人、また一人と姿を消していった友人達の事。色々あったが、今思い返えばどれもかけがえのない大切な思い出でー。

感想:泣けるディストピア小説と言えばコレ。読み進めていく内に、キャシーが懐かしむ「学校」のどこか奇妙なカリキュラムと腑に落ちない校則に、言い知れない気持ち悪さが募る。ただし生徒達に不思議な点は一切なく、恋に振り回されたり、学校内の迷信を馬鹿にしながらも心のどこかで信じてしまう純真な姿は、どこの学校でも見られる普通の光景で。主人公の回想を読み進める内に明かされる学校の謎に驚くと共に、来るべき悲劇に思いが至り、その瞬間から涙を流さずにはいられないだろう。

テーマ:医療技術の発展

時代背景:ネタバレになってしまうので言えないが、主題とされる医療技術は97年にブレイクスルーが成し遂げられ、いよいよ人間への適用が現実的となった。

WORLD WAR Zマックス・ブルックス(2006年、アメリカ)

WORLD WAR Z〈上〉 (文春文庫)

WORLD WAR Z〈上〉 (文春文庫)

おすすめ度:★★★☆☆ パンデミック

あらすじ:確認された一例目の患者は、中国奥地の少年だった。まるで狂犬病の様な症状を呈しながら、村人を次々と襲っていった。中国政府の隠蔽も虚しく、やがてその疫病は国を跨ぎ、全世界を大恐慌に陥れる。個人、団体、そして国々が、その疫病に抗った様子を、様々な個人へのインタビュー形式でまとめ上げる。

感想:襲い来るゾンビから逃げ惑う様を描いた所謂典型的な「ゾンビ物」とは一味違った本作。国連の戦後委員会の職員である主人公がまとめた報告書の体を取りながら、ゾンビパンデミックのマクロとミクロな影響を多面的に描く。こちらも『アイ・アム・レジェンド』同様映画を先に観ていたのだけど、全然小説の方が面白いじゃないか〜!普通のゾンビ物だと主人公個人、例え多くても主人公の周りの人間数人にミクロな焦点が当てらるだけだけど、本作は世界の中での集団の動き、国の対応など、よりマクロな動きに焦点が当てられていて面白い。疫病から逃れようとする難民を密入国させようとするブローカーが現れたりとか、疫病への特効薬と謳われる薬を開発して暴利を貪る起業家が現れたりとか、難民問題の末に国家間の核戦争に発展したりとか。作者がかなり周到なインタビューを重ねた末に書いたであろうこの大作、いつものゾンビ物に食傷気味なあなたに是非お勧めしたい。

テーマパンデミック、核戦争

時代背景:2001年の同時多発テロを皮切りに、数々の暴動や略奪が起きた2005年のハリケーンカトリーナ地球温暖化、国を跨いだ数々の疫病が発生し、作者に終末思想を抱かせるに至った*10

ザ・ロードコーマック・マッカーシー(2006年、アメリカ)

ザ・ロード (ハヤカワepi文庫)

ザ・ロード (ハヤカワepi文庫)

おすすめ度:★★★★★ ポストアポカリプス系

あらすじ:深く語られる事は一度もないが、恐らくは核戦争後の世界。まだ本格的な荒廃が始まる前に生まれた10歳程度の男の子と、その父親が地獄の様に荒れ果てた世界で、放浪する様を描く。明らかに異常なのだが、男の子は万一の場合に備え自殺の方法を熟知しているし、至る所で見られる死体に驚く事はもう一切ない。ただ共喰いにまで堕ちた略奪者達の姿と、底をつく食料、迫り来る冬の到来、そして父の血痰を含む咳に怯えながら、ひたすら南を目指す。

感想:今まで読んだどんなディストピア作品よりも、容赦がなく、どこまでもリアル。ある意味では最後に救いがあるとは言えるが…。その強烈なインパクトのせいか、読んでから数年経つのに未だに頭から記憶を掻き消せそうにない。ピューリッツァーを2007年に受賞したのも頷ける。生にしがみつく者、諦める者、様々な人物を通して、剝き身にした人間の本質を考えさせられる本作。読んでいてかなり苦しかったが、一生に一度の読書体験が出来た。丸裸にした人間達を家の片隅で家畜のように飼って、一部一部裁断して喰いながら飢えを凌いでいる一団の描写はトラウマ。絶対に有り得そうだったのが何よりのトラウマだ。

テーマ:核戦争、核汚染、環境破壊

時代背景:2003年にメキシコを訪れた際に着想したそうだが、2003年はアメリカによるイラク戦争が開戦した年。2001年に起きた同時多発テロの記憶も新しく、次の世界大戦への怯えを口にする者も多かった。

図書館戦争有川浩(2006年、日本)

図書館戦争

図書館戦争

おすすめ度:★★★☆☆ 言論統制

あらすじ公序良俗を乱し人権を侵害すると見做された表現を取り締まる法律、「メディア良化法」が制定され30年が経過した正化三十一年。良化法を盾に作品の検閲のためには武力の使用も辞さないメディア良化委員会だったが、対して表現の自由を守るべく制定された「図書館の自由法」の下に図書隊を編成した図書館は、徹底抗戦の構えを見せた。子供の頃、大切な本を守ってくれた図書隊員に憧れ、自らも隊員になった主人公の郁。彼女の前に数々の難題が立ちはだかる。

感想:中学時代大好きだったシリーズ。ライトノベルの様にさくっと読める割には内容は重い所が好きだった。個人的にも「ポリティカル・コレクトネス」をスケープゴートにした過剰なまでの表現規制(「床屋」や「ラーメン屋」が蔑称に当たるとか)に違和感を感じていたので、武力行使とまではいかないまでも反発が生まれるのも分かる気がする。明らかに差別を意図した言葉は勿論規制すべきだと思うけど。『華氏451度』と同じテーマながらも現代の日本を舞台にした、しっかり恋愛もあるティーン向けディストピア小説です。

テーマ言論統制、テロ

時代背景:「言葉が窮屈になってきている」と感じていた折に「図書館の自由に関する宣言」を知り、執筆に至ったという作者*11。2008年以降、視聴者や読者の気分を害し兼ねないとされる「OL」や「老人」などの数々の言葉が自主規制の憂き目に遭っている。

虐殺器官伊藤計劃(2007年、日本)

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

おすすめ度:★★★☆☆ 管理社会系

あらすじボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボで起きた核爆弾テロを皮切りに、先進諸国ではテロ防止のため、移動時や物品の購入時など、生活のあらゆる場面で指紋や網膜認証を導入し、徹底した個人管理体制を敷いた。その甲斐あってか先進諸国でのテロは減少したものの、代わりに貧国で歴史に類を見ぬ程の民族紛争や内戦による大虐殺が勃発。「世界の警察」たるアメリカは虐殺の首謀者達を暗殺する情報軍を組織し、その大尉として主人公は各地に赴くが、そこでは常に謎の一人の男の影が付きまとっていた。

感想:読んだ2015年当初も丁度パリ連続テロ事件が発生しており、この本が示唆していた未来とのあまりの符号に嫌気が差した記憶がある。全体的に若干回りくどく、まるで翻訳物を読んでいる印象を受けたが、物語の核となるコンセプトには非常に興味深いものがあった。もう少しこの核に肉付けが欲しかった点が残念だが、その他にも発展性のあるアイディアの種が沢山詰まった作品だと思う。作者が亡くなってしまった事が本当に惜しい。

テーマ:管理社会、経済格差、紛争、核戦争、テロ

時代背景:2001年の同時多発テロとその後の各国の対応に着想を得た事は明らかだが、その後も終わらぬ各国のテロ事件や内紛を見るに今でも充分通用する内容である。

ザ・ホスト」ステファニー・メイヤー(2008年、アメリカ)

ザ・ホスト 1 寄生

ザ・ホスト 1 寄生

おすすめ度:★★★☆☆ 地球外生命体侵略系

あらすじ:人間や動物の体を乗っ取り、意識は抹消してしまうエイリアンの侵略がほぼ完了した地球。自らを「ソウル(魂)」と呼び、寄生した生命体の事を「ホスト(宿主)」と呼ぶ彼らエイリアンは、非常に温厚な性格で、人間による破滅の道を救ったと信じて疑わない。この小説の面白い点は侵略者である一人のソウルの視点で描かれる事。消したと思っていた宿主の意識の抵抗により、彼女との共生を余儀なくされたソウルは、生前、最愛の人物だった思われる弟とある男性の安否を確かめにいく。そこで人間の残党に囚われたソウルだが、人間達と共同生活を始める内に、徐々に魂と宿主の垣根が取り払われていきー。

感想ヤングアダルト小説の割にだいぶ読み応えがあった。人間とは?生命とは?意識とは?一時期世界中を席巻した『トワイライト』小説の作家とあって、非常に巧みに「引き」を活用していて、先が気になる純粋なエンターテインメント作品として楽しめた。ディストピア文学として深さを求めると少々物足りなさが残るかも。

テーマ:地球外生命体による侵略

時代背景:作者曰く、「美しさ」に囚われず、「自分の身体をもっと大事にして欲しい」との思いで書いたとの事。摂食障害が本格的に病気として認められたのが80年代。拒食症や過食症に悩まされる人は世界中に未だ数多くいる。

新世界より貴志祐介(2008年、日本)

新世界より(上) (講談社文庫)

新世界より(上) (講談社文庫)

おすすめ度:★★★☆☆ 階級社会系

あらすじ:今から1000年後の日本、「呪力」と呼ばれる超能力を得た人類は、小さな集落を形成しバケネズミと言われる種を使役しながら、つましくも平穏な生活を送っていた。神栖66町で育つ主人公早希は、同級生達と共に呪力の研鑽に勤しむ日々だったが、ある日彼らと共に先史時代の人間が遺したと思われる情報端末機器を見つけてしまう。明かされる文明崩壊の理由、そして神栖66町の歪み。そんな彼らを、更に抗い得ない運命が襲う。

感想:中学時代『黒い家』を読んで死ぬ程恐い思いをしてから、大好きな筆者の作品。矢張り話に疾走感があって面白い!全く新しい世界が緻密に描かれていて、読んでいる方としては、まるでどこか異国を観光している様な気分。中盤あまり興味が無かったバケネズミの抗争にほとんど話が割かれていた点も後々合点がいく。ちなみにアニメも原作に忠実で絵柄も綺麗なのでオススメです。

テーマ:管理社会、階級社会、情報統制、生命の選別、医療技術の発展

時代背景:作者曰く1970年に発表されたコンラートの『攻撃』に着想を得たとの事*12。呪力が染み出し他の生物に影響を与える様は、86年のチェルノブイリ原子力発電所事故や11年の3.11を思い起こさせる。

ハンガー・ゲーム」スーザン・コリンズ(2008年、アメリカ)

ハンガー・ゲーム(上) (文庫ダ・ヴィンチ)

ハンガー・ゲーム(上) (文庫ダ・ヴィンチ)

おすすめ度:★★★☆☆ デスゲーム系

あらすじ:文明が一度崩壊した世界。地理的には現在の北米に位置する国パネムでは、富裕層が暮らすキャピトル地区を中心に、12の地区が囲む様に存在している。元々は13番目の地区が存在していたものの、キャピトルへの叛乱を企てた罰として壊滅させられていた。新たな叛逆の芽を摘むために考案された「ハンガー・ゲーム」では、各地区から男女のペアがくじ引きにより選出され、殺し合いのサドンデスゲームに参加させられる。殺戮の様子はテレビ中継され、勝利の暁には出身地区に食料と富が供与されるが、第12地区から選出された主人公は、自分の理不尽な運命に怒りを抑えきれずー。

感想ヤングアダルト小説界のディストピア人気の火付け役とも言える本作は三部作の第一作目。設定は『バトル・ロワイヤル』に近似しており発売当初から類似点が指摘されていたが、作者曰く執筆時は全く知らなかったとの事*13。同じ政府によって強要されるデスゲームでも、日本人と米国人が書いた物では趣が全く違うので、比較しながら読むのも楽しい。『バトル・ロワイヤル』では学生同士の殺戮なのが実に日本らしいし、逆に『ハンガー・ゲーム』では舞台装置が大掛かりなのがアメリカっぽい。シリーズが進むにつれスケールもだいぶ壮大になっていくのだけど、一作目が個人的には一番好き。

テーマ:階級社会、管理社会、離反者の粛清

時代背景リアリティ番組と2003年から2011年まで続いたイラク戦争の報道が同時にテレビで流れているのを観て、作者は着想を得たとの事*14

ハーモニー伊藤計劃(2008年、日本)

ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)

ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)

おすすめ度:★★★★☆ 医療社会系

あらすじ:前作である『虐殺器官』の後の話。核戦争の大恐慌時代を経て、人々は身体的・精神的健康状態を恒常的に維持できる医療機器を体内にインストールし、健康を第一と据える「生府」を構築するようになった。この新たな時代では酒やタバコ、暴力や不親切さなど、健康を害すると見做される不穏分子は一切排除され、一見してユートピアのような世界が出来上がる。そんな「優しさで人を殺す」世界に疑問を抱く少女と、彼女をカリスマと崇める少女の物語。

感想:前作より世界観が綻びなく作り込まれており、面白い設定も更に増え、一段と作品としての完成度が上がっている!だいぶ楽しんで読めた。このスピードで成長していたら、作者は次にどんな作品を書き上げたのだろうー何度も同じ話をして恐縮だけど、亡くなってしまったのが本当に惜しい。もっともっと沢山の作品を読みたかった。

テーマ:医療技術の発展、生命の選別、核戦争

時代背景:テクノロジーがもたらした医療革命により、モバイルやウェアブル機器で心拍数や血糖値を図るのは当たり前、患者の治療履歴などの情報もクラウド上で管理されつつある現代。本作の様な世界が訪れるのもそう遠くはないのかもしれない。

2010年代

ウール」ヒュー・ハウイー(2011年、アメリカ)

ウール 上 (角川文庫)

ウール 上 (角川文庫)

おすすめ度:★★★☆☆ ポストアポカリプス系

あらすじ:世界の終わり、残された人類は地下144階層にも成る「サイロ」で細々と暮らしていた。最大の禁忌は、「ここから出たい」とこぼす事。この禁忌を犯した者は、地上の様子を捉える為に設置された屋外カメラの清掃を命じられる。環境破壊と大気汚染により猛毒と化した外気に晒されれば、命は数秒と持たないと信じられているサイロならではの実質的死刑宣告である。三年前、そんな死を自ら申し出たのは警察官である主人公の妻だった。彼女はサイロの「ある秘密」を知り、その決断を下したのだがー。

感想:三部作の一作目。元々作者がkindleに直接自費出版した後、アングラ的人気を得た本作。設定がユニークでなかなか面白い。地中に何層も階層を作り暮らす人々だが、地上に近い層に住む特権階級と最深部に住む労働階級とに自然と別れてしまっている様子を読むと、ヒエラルキーを構築せざるを得ない人間の哀しい性を感じずにはいられない。事件に次ぐ事件と、アクションシーン満載なので、SF初心者も充分に楽しめるエンタメ作品となっている。

テーマ:環境破壊、階級社会、産児制限、離反者の粛清、情報統制

時代背景:2010年代に入り、無限と思われていた資源にも限りがあり、このままのペースで利用していては人類は破滅する事になる、と危機感を抱く人々が増えた。解決策は未だ講じられていない。

ゲームウォーズ」アーネスト・クライン(2011年、アメリカ)

ゲームウォーズ(上) (SB文庫)

ゲームウォーズ(上) (SB文庫)

おすすめ度:★★☆☆☆ ゲーム世界系

あらすじ2045年、人々は人口増加に伴いコンテナを積み上げた様な過密住宅で暮らしていた。世界はエネルギー危機に陥りまともな食事も無く、先行きの暗い現実から逃れるため皆ドラッグに溺れるか、OASISと呼ばれるVRゲームの中で仮初めの幸せに浸っていた。主人公の少年もその内の一人。彼の唯一の心の支えは、OASISの開発により莫大な富を得た後に亡くなった、ゲーム界の神ことジェームズ・ハリデーが残した遺言だった。「OASIS内に隠された秘密を最初に解いた者に遺産と自社の権利を全て譲渡する」ー。

感想:これはディストピア小説じゃない、ギークによるギークのためのギーク小説だ…。半分程度しか分からなかったが、80年代を中心としたサブカル要素が満載。ウルトラマンまで出てくる。ディストピア世界の描写は前半少ししかなく、物語のほとんどはOASIS内の謎解きに割かれる。そのためディストピア文学と言うよりは冒険物と捉えて読んだ方が良いかもしれない。ゲームは好きだけど別にそこまでじゃない自分にとっては少し置いてけぼりにされた感じが否めなかった…。ちなみに2018年にスピルバーグ監督の映画が公開される予定との事。おもしろそ〜。

テーマ:ゲーム世界、コーポクラシー、地球温暖化人口爆発、ドラッグ乱用

時代背景:90年代以降若者達の間でMMORPG(大規模多人数同時参加型オンラインRPG)が人気に。ゲームのし過ぎで矯正施設に入れられる者や、死亡する者まで現れた*15。そしてVR(仮想現実)のコンセプトは 古くからあったものの、いよいよ現実での利用が本格化したのが2010年代である。

ザ・サークルデイヴ・エガーズ(2013年、アメリカ)

ザ・サークル

ザ・サークル

おすすめ度:★☆☆☆☆ コーポクラシー系

あらすじ:あらゆる個人情報を統合管理し、生活の隅々にまで根を張るようになった世界最大のインターネット企業、Circle。そこにコネ入社を果たした主人公は徐々に才覚を発揮し始め、「プライバシーは悪」とし、人々の人生を完全に掌握しようとするCircleの命運を左右するまでに上り詰めー。

感想:どう考えてもG社やF社をモデルにした本。広告代理店でデジタル広告担当として日々それらの会社とやり取りしていた身としては非常に楽しみだった本なのだけど、ネタは業界にいれば誰でも思いつく話だし、文章力も特に高い訳でもなく。暇潰しには丁度良い本、と言った所。同じくネット企業の台頭を描写した作品であれば、ここで英語で無料で読めるケン・リュウの"The Perfect Match"という短編の方が余程面白い。

テーマ:コーポクラシー、相互監視社会

時代背景:恋人の殺人をオンラインで中継する*16このご時世、作中で描写されるプライバシーの切り売りは既に身近で起きているのではないだろうか。

献灯使多和田葉子(2014年、日本)

献灯使 (講談社文庫)

献灯使 (講談社文庫)

おすすめ度:★★★☆☆ ポストアポカリプス系

あらすじ:大災厄に見舞われた日本。政府は鎖国を宣言してのち、国際社会から姿を消した。技術が後退し、外来語の使用も憚られるようになったこの国で、つましく暮らす老人義郎とその孫の無名。不死を得た義郎は、翻って日に日に衰えていく無名を見つめながら、過去と未来に想いを馳せるのだった。

感想:舞台を共有する5つの短編からなる本作。一番長い表題作はお爺さんと幼い孫、という誰もが微笑む構図であるものの、そこに隠された悲劇に胸が締め付けられてしまう。ただ、明らかに3.11をモチーフにしているこの話、自分が福島在住、且つ年若い子供がいたとしたら、決して書けなかっただろうと思う。どこまでも他人事、他人事で。そういう意味でも哀しくて切ない気持ちになりながら読みました。しっとり幻惑的な文章は非常に好みなので、筆者の他の作品も手にとってみようと思う。

テーマ:核汚染、言論統制、情報統制

時代背景:2011年3月11日、東日本を襲った大震災の爪痕は、未だ深く残っている。

ステーション・イレブン」エミリー・セントジョンマンデル(2014年、カナダ)

ステーション・イレブン (小学館文庫)

ステーション・イレブン (小学館文庫)

おすすめ度:★★☆☆☆ パンデミック

あらすじ:舞台の上で「リア王」を演じていた劇団員の男が心臓発作により絶命する。同じ日同じ時、強力な感染性を持つ致死性の病が世界の99.9%の人口を絶滅せしめた。特に劇団員の男と縁があった生き残りの者達の人生が、ただひたすら広く静かな世界で奇跡の様に交錯する。旅回りの一座の娘、前時代の遺物を集める博物館の主人、預言者と崇められるようになった若い男。彼らがそれぞれ生にすがる意味とは。

感想:荒廃した世界の中に微かな希望を見出し生きる者達を描いたヒューマンドラマ。ここで紹介している他のパンデミック小説と違い、パンデミック自体にはそこまで焦点が当てられておらず、実に淡々としており、ほとんどの頁は人物描写に割かれている。軽めのディストピア作品を求めている人にオススメ。個人的に雰囲気は嫌いではないが、最後まで作者が伝えたいメッセージが分からなかったのが残念。

テーマパンデミック

時代背景:21世紀に入ってからも、SARS豚インフルエンザ鳥インフルエンザ、MERSやエボラ*17など、パンデミックの萌芽は度々見られており、未だに人々を恐怖に陥れている。

ボラード病吉村萬壱(2014年、日本)

ボラード病 (文春文庫)

ボラード病 (文春文庫)

おすすめ度:★★★★☆ 管理社会系

あらすじ:ここはB県海塚。新鮮な魚や野菜が手に入るこの町で、町民は心を一つに支え合いながら生活し、子ども達は自主性を重んじる学校に通いのびのびと育つ。同級生の急死が若干多い点はさて置き、理想的な共同体から外れまいと必死に努力する主人公の少女だがー。

感想:モダンディストピア小説と聞き、真っ先に手に取った本作。ポスト3.11の日本を痛烈に揶揄した、薄いながらもインパクト大の一冊でした。最初から最後まで不穏な空気満載で、先が気になり気になりページを繰る手が止まらない。明らかに子どもがナレーションしている分、『向日葵の咲かない夏』のような「信頼できない語り手」のトリックには引っ掛からないぞ~!と緊張感いっぱいで構えていたものの、ラストの主人公の卓見が伺える独白には面を喰らってしまった。特に一番最後の台詞が衝撃的。同調圧力に極端に弱いと言われる日本人だからこそ書けた作品だし、日本人だからこそ読むべき作品だと思う。因みに母に勧めたら「結局なんだかよう分からんかった」と一蹴されました。

テーマ:管理社会、相互監視社会、全体主義、離反者の粛清、言論統制

時代背景:ネタバレになるので言えません!

夜の街の画像

いかがでしたでしょうか。ディストピア作品をこうやって時系列順に並べて俯瞰してみると、時代毎に結構「色」があるなと感じます。19世紀以前から1910年代まではイギリスを中心とした階級社会への不満が描写されている作品が、そして20年代から30年代はソ連を中心とした全体主義への批判的作品が多い。1940年代はその全体主義が海外へ輸出されたために、共産圏以外の国で育った筆者による全体主義を批判した作品が増えました。世界大戦後の1950年代はテクノロジーの脅威と赤狩りの恐怖を描いた作品が多く、60年代から70年代は学生運動やアメリカでの公民権運動の活発化に伴い、カウンターカルチャーを扱った作品が増えました。地球温暖化や環境破壊をテーマにした作品が増えたのも丁度この頃。1980年代ではついにネットが登場し、90年代は感染症の脅威・核の脅威・私企業による統治を扱った作品が主流に。2000年以降は医療技術の発展や、欧米では9.11、日本では3.11をテーマにした扱った作品が増えました。ヤングアダルトノベル界でディストピア作品が急激に増えたのもこの頃。まだまだ売れるジャンルとして、今でも新しい作品が次々と世に出ています。人々の不安の種が尽きる事は決してないこの世界、ディストピア文学はこれからも絶えず執筆され続け、読者を惹きつけて止まないでしょう。

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