ゴミ本なんてない

色々な本の読み方の提案をしているブログです。

2023年読んで良かった本ベスト5

うおおお もう2024年も7月だよ、2023年のベスト本の振り返りなんて今更何考えてるんだよ、今年こそサボるか…!とほぼ諦めていたのですが、どうしても、どうしても頭から離れなず、半ば憑かれたような本があり、感想をどこかに記しておかないと心残りで成仏できないような気がしたのでようやく筆を執りました。

2023年に読了した冊数は32冊、うち再読が2冊。前年をさらに下回りましたがその分厳選したベスト本をまとめているということで。誰のためでもなく、自分のために読んだ証を残しておきたい、そんな5冊を紹介します。

第5位「小箱」小川洋子

小箱

小箱

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密やかな結晶』の、あの掌に収まる程の、美しくも罅の入った硝子細工を眺めているような雰囲気が凄く好きで、著者の本を積んでいたのを思い出し。期待に違わずとても好みだった。亡くした子供の成長を祝い続ける大人しかいない街。産院は潰され、幼稚園ももう本来の使われ方はしていない。ゆるやかな崩壊を予感させるそんな世界で、人々はただ静かに彼らの名残を慈しむ。骨や爪で作られた小さな楽器で一人だけの音楽を奏でたり、ささやかな誕生会を開いたり。時には、首にかけたおしゃぶりを吸ったり、乳首が露わになるのも構わず子供用の水着に身を包み夏のプールで泳いだり。それぞれの方法で弔う姿は、あまりにも幸せそうで、憐憫の情どころかかすかな嫉妬すら感じさせる。愛しい人が大切な小箱の中身を、自分だけにこっそり見せてくれたかのような、好奇心と少しばかりの恐れを覚える物語だった。

第4位「移民たち」W・G・ゼーバルト

あまりにも感慨深くて、すぐさま読み返してしまった一冊。考え、思い出す。そんな自傷にも近い行為に倦み疲れた人達が、それでも残した記憶と記録を掬った一冊。最初は通勤中に音楽を聴きながら読んでいたものの、いつしか主人公がしたように、温かい飲み物を手にしながら、大切な誰かの言葉に静かに耳を傾けるように読んだ。ホロコーストや大戦によって流浪を余儀なくされた「移民たち」の過去は、思い出すだに苦いだろう。それでも、あの遥か遠い夏の日、虫取り網両手に跳ね回る無邪気な少年のような幸福も含めて、決して忘れてはいけないのだと思う。Remembering, writing, and readingを続ける責は誰にでもある。

第3位「奇病庭園」川野芽生

装丁に一目惚れし、あらすじを読んでも絶対に好きだと確信した一冊。角や、翼や、鉤爪や、鱗を、失って久しい者達が、再びそれらを得るまでの物語。とても古くて遠い場所にいる彼らを思い描いていたが、己が今いる世界の彼らでもあった。美醜に囚われ、結婚と子孫繁栄を至上とする者達。反して、周囲からは枷にしか見えないであろう「びょうき」や「しょうがい」によって、呪縛から漸く解き放たれる者達。その姿に、つくづく障壁は社会が作るものだと痛感した。また、自身の非常に強い固定観念にも気付かされた。「写字生」「画家」と読み、イメージする性別が固定化されてしまっている。

掌編、短編、中編から成る本作、まるで音楽の様に楽しめたのが印象的だった。様々な旋律が転調し、反復し、重なり合う。「この物語は何の意味もない言葉で、何の意味も持ったことのない言葉で、綴られるべきなのだ。ほんとうは。」とあるように、本来は何か別の言語で謡われていた曲を、著者が現代の日本語に訳してくれただけなのかもしれない。読むよりも、目を瞑って耳を傾けたい物語だった。

第2位 「1793」「1794」「1795」ニクラス・ナット・オ・ダーグ

四肢を切断され、舌を抜かれ、目を潰されながらも、数週間は生かされたと思われる死体が沼地で発見される。引き上げた風紀取締官のジャン・ミッケル・カルデルと、警察の臨時探偵を任されている法律家のセーシル・ヴィンゲが、即席のタッグを組み犯人探しに乗り出すが…。鍵となるのは、遺骸を包んでいた高価な布地。果たして二人は真相に辿り着くことができるのか。

舞台はそれぞれの作品の題名通り、国王グスタフ三世暗殺直後の混迷期のストックホルム。当たり前だが検死技術もDNA鑑定もない時代、且つ犯人と思われる人物は貴族で、無尽蔵の財力、そして事件を揉み消す権力もあるだろう。そんな無理ゲーには、ただひたすら足と頭を使い立ち向かうしかない。残酷なことをした犯人に見合った罰が下されて欲しい、早く溜飲を下げたい、そんな感情に駆られながらページを繰ったが、それは正に作中に登場する公開処刑に歓喜する観衆と同じで。そのことに気付いた時は「なんとも意地悪な作者だな」と冷や汗をかくだけだったが、まさかの三部作の最後、あまりのサディズムの境地に絶叫しながら転げ回ることになるだろうとは思いもしなかった。

「ベルマン・ノワール三部作」の別名通り、スウェーデンで同時期に名声を得た詩人ベルマンの作品に特徴的な、不安・欲望・酒・死の要素が通底する作品群。ゴミ溜めのような街を、文字通り腕一本であらゆる障壁を薙ぎ倒しながら進むカルデルと、結核で身体はボロボロだが頭脳だけは鋭利なヴィンゲの二人の、1+1どころか10以上にもなるような、バディ的関係も非常に魅力的だが、特に貧困層に属するその他の登場人物の個性も際立っていて、死に物狂いで生き抜こうとする彼らの気概に押されるように、スウェーデンの三年間を一気に駆け抜けてしまった。とにかく面白かった、久々に憑かれたように本を貪った。物語としてもまとまりが一番良かった『1793』で読み終えておけば、と少し後悔をしないでもないが、こんなにも徹底的に叩きのめされ、消えない傷を残されるのであれば、三作全部を読んで良かったかもしれない。むしろ今は少し希望も抱いている。あまり万人に勧められる内容ではないが、北欧ミステリ好きやこの時代のストックホルムに興味がある方は是非読んでみて欲しい。

ちなみに「憑かれた本」がこちらです。ことあるごとに思い出してはもんどり打っている。いつか解放される日は来るのだろうか。

第1位 "The Birds" タリアイ・ヴェーソス

ノルウェーの国民的作家、タリアイ・ヴェーソスの『氷の城』は違う版で三冊購入し、その都度読み返す程に気に入っていて(2018年のベスト本にも選んでいる)、国書刊行会から『氷の城』を皮切りに、『鳥』『風』が「タリアイ・ヴェーソス・コレクション」として刊行されると聞いた時には喜びのあまり飛び上がりそうになった。しかしそんな発表が2022年上半期にされてから、待てど暮らせど続報はなく…。はやる気持ちが抑えられず、『鳥』の英訳を購入。期待を裏切らない完成度にしばし放心。正直に言うとここまで今回のブログ記事を書くのに時間がかかったのは、この本のせい。感想がうまく言語化できず、思考を整理するために再読しようにも心を落ち着かせる必要があり、結局半年も掛かってしまった。

なんらかの知的障害を持っているであろう37歳の弟マッティスと、女手一つで彼を養う3歳年上の姉ヘーゲは、孤立を体現するかのように村から離れた湖畔の家につましく暮らす。時に感性鋭く相手の真意を汲むこともあるが、往々にして自分本位で、無自覚に相手を傷付け苛立たせてしまうマッティスに、ヘーゲは思わず怒りをぶつけてしまう(彼の視野の狭さは人間関係においてのみで、物理的なそれはとても広いのが皮肉だ)。すぐに前言撤回し、自責の念に駆られる彼女を見て、マッティスも自身の失態を挽回しようと右往左往するが、その努力も虚しく空回りしてしまう。そんな悪循環を延々と繰り返す彼らの下に、マッティスにとっては変化の兆しであるヤマシギが訪れ…。

自分が大事にしていることが伝わらない、もどかしさの描写がとにかくリアルで胸が苦しくなった。なにもかもが曖昧模糊としていて、思う通りに身体が動かず泣き出したかった幼少期を思い出す。加えて、原因は分からないが、自分の存在が相手に苦痛を与えていることだけはしっかりと分かる辛さと言ったら。そんなマッティスが見る夢では、彼は「賢く」「美しく」「力強く」なっている。周囲の人々は皆いずれかの素質を持ち、その能力を持って自然を超克し(雑草をむしり取り、鳥を撃ち、木を伐採して)、活計を立てているからか。しかしいずれも持たないマッティスは、ただそこに在るものを、在るがまま受け入れるしかない。マッティスがマッティスのようなのはなぜ?この問いには「賢しい者たち」も答えられず、ただそうだから、としか言えないように。そんな彼が最後、自然に自身の進退を委ねる決断をしたのは必然だったのかもしれない。どう転ぶか分からないのは、「賢しい者たち」も一緒で、ようやくマッティスは彼らと同じ土俵に立てたのかも。

村人達に揶揄されていることをとっくに知っていたヘーゲが、それがなんだと毅然と立つ姿や、静かにマッティスの横に寄り添いながら森林を歩く場面など、息を呑む程に美しい描写も数々あった。いつか邦訳も出版されて、多くの人々に読まれて欲しい。

ベスト5一覧表

最後に

以上、2023年のベスト本でした。特にテーマ読みはせず、乱雑に読みたいものを読んだ一年だった。2024年は、意識はしていないが女性作家の作品を多く読んでいる気がする。あとは戦後の国内作品を重点的に読みたいと思っているので、来年はそのような作品の紹介が多くなるかも。

過去のベスト本は以下です: