ゴミ本なんてない

色々な本の読み方の提案をしているブログです。

2017年読んで良かった本ベスト8

2017年読んで良かった本ベスト8

今年の目標は一年間で120冊の本を読む事だったんですが、2月に仕事の関係で住む国を変えたので、新しい文化に慣れるまで3月4月は一切本に手が付けられず、なかなか苦戦しました。一番読んだ量が多かった月は9月の18冊。総合的に見れば海外文学を中心に沢山の良作に出会えた良い年でした。中でも特に心に残ったものを今回は紹介。仕事のストレスと疲れを癒すために、意識して現実逃避できそうな本ばかり選んだので、だいぶ系統が偏ってます。他にもオススメあるよ!という方がいらっしゃいましたら是非是非教えてください!

2017年読んだ本の推移

第1位「イギリス人の患者マイケル・オンダーチェ

溜息が出る程美しい小説
イギリス人の患者 (新潮文庫)

イギリス人の患者 (新潮文庫)

第二次世界大戦の終焉間際、撤退するドイツ軍が残していった地雷を恐れ、ほぼ無人と化したイタリアのとある田舎街。半壊した修道院にひっそりと暮らすのは、飛行機の墜落事故により全身に火傷を負ったイギリス人の患者と、彼を介抱するまだ年若き看護婦だった。そんな彼らの下にふと現れた、謎多きイタリア人の男と寡黙なシークの青年。子、最愛の人、両指、安息の眠り、大切な何かを失った彼らの静かで奇妙な四人暮らしが始まる。

人道支援の仕事に就いて、人間のありとあらゆる業の深さと酷さを目の当たりにしながら、ボロボロになってしまった心。この本を読んでそれがどれだけ癒された事か。まるでじくじくに痛む傷に冷たく染みる、塗り薬の様な一冊。看護婦の現在である静謐なイタリアの夜と、イギリス人の患者の過去である砂漠の夜が交互に織り成す、淡々とした、それでもなぜか美しい世界に嘆息しつつ、読了後に気付くこの本のメッセージ。人間は弱い、受けた傷を癒す事はなかなかできない。人間は強い、それでも傷を抱えたまま生きる事はできるー。

余談ですが、本作で描写された砂漠の熱気や雨が体験した過ぎていてもたってもいられず、チュニジアにまで飛びました(本当はリビアに行きたかったんだけども)。

第2位「ニューロマンサーウィリアム・ギブスン

圧倒的世界観に没入せよ

仮想空間に身を投じ、企業の機密情報を盗む事を生業としていたハッカーであるケイスは、仕事の失敗から脳神経を焼かれ、ダイブする能力を失ってしまった。生き甲斐を奪われたケイスはドラッグに浸り、スラムでチンピラ同様の生活を送る。そんな彼の前に、脳神経を回復する引き換えに、仕事を手伝うよう持ち掛ける謎の人物が現れる。モリイと自称する女とタッグを組み、更に強力なチームを編成するために宇宙を飛び回るケイスだが、この計画が超進化型AIによって仕組まれたものだと知りー。

このディストピア小説の記事でも星5の評価で大絶賛したSF小説の一冊。恐らく『イギリス人の患者』と同様、そのしっかりと確立された世界観のおかげで容易に現実逃避できる点が個人的には一番刺さったのかも。しかも世界観の作り込みで言えばこちらの方が圧倒的。読者に解説するつもりなんてさらさらないスラングの応酬に、広がる極彩飾の電脳空間、その中を駆け回る濃いぃキャラ、垣間見える彼らの過去。この登場人物達の描写が最高で。誰もが別の作品の主人公を張れるくらいの濃さ。とにかくドラッグか酒代わりに一発極めたい人にオススメです。

第3位「日の名残りカズオ・イシグロ

聞いてください、ちゃんとノーベル賞受賞前に読んでたんです
日の名残り (ハヤカワepi文庫)

日の名残り (ハヤカワepi文庫)

長年執事としての「矜持」を保ち、「品格」を追い求めながら主人に仕えてきた初老の男。新しい主人の助言もあり、イギリス郊外を廻る短い旅に出る事に。車中で思い出すは、同じく執事であり鑑であった亡き父の完璧なまでの所作、前主人ダーリントン卿への敬慕。大戦中に持て成した数々の要人の顔、そして恋とは似ても似つかぬ淡い感情。しかし、次第に彼の心は揺れ始める。果たして本当にダーリントン卿は多くを犠牲にしてまで仕える程、誠意と正義の人間だったのだろうか?前主人の正当性を問う事は、翻って己の人生の正当性を問う訳で…。哀しくもどこか滑稽な一人の男の物語。

カズオ・イシグロさん、とりましたねノーベル賞!おめでとうございます。彼の一人称小説が大好きだ。本作は『わたしを離さないで』と同様にノスタルジー溢れる作品ではあるものの、読後感はだいぶ違う。どちらも好きだが、主人公の可愛らしさで言えばこちらの方が圧勝。同僚のミス・ケントンに何の本を読んでいるのか問い詰められても頑なに教えず、無理矢理手からもぎ取ってみたら実は恋愛小説だったとか…もうね…。善意しかないキャラクターばかりなのも好き。そして本作のメッセージも好きだった。結局大事なのは、「日の名残り」とも形容できる残りの人生をどうするか。好き好き好きの気持ちでいっぱいになった本でした。また年を重ねた後に読み返してみたい。

ちなみにこちらの翻訳をしている土屋政雄さんは本記事で紹介している『イギリス人の患者』も翻訳されている方。イギリス英語の翻訳が得意なのかも。

第4位「紙の動物園」ケン・リュウ

流れ、溢れ、零れる宇宙の話

言葉も分からない異国に連れてこられた母は、孤独の中で僕のために紙の動物達を折ってくれた。命を吹き込まれ、まるで本物の様に動き出す彼らと僕ー表題作の「紙の動物園」。妖狐と討魔師の数奇な出会いを描いた「良い狩りを」。様々な種の本作りの習性を描いた「選抜宇宙種族の本づくり習性」。独特の世界観を持ったSF界の期待の新星による、バラエティに富んだ短編集。

私は北米版を読んだのですが、それに一話目として収録されている「選抜宇宙種族の本づくり習性」がもう自分のツボにジャストミート。そこからは貪るように読んでしまった。読書好きであれば、本に登場しただけで無条件に興奮してしまうアイテムがあると思うのですが、私の場合は「本」なので、それを題材にした短編とあればもう堪らない。どことなく円城塔芥川賞受賞作品である『道化師の蝶』と雰囲気が似ているかもしれない。

決定的事実であり、抗い得ない「事象」に対して、人間や種の「性」がどう反応するか描写した作品が多く、他にも"State Change"や"The Perfect Match"など好きな作品が沢山あるのですが、なんと、なんと、北米版と日本版で収録されている作品が全然違う!!!そして!順番も違う!実は表題作の「紙の動物園」が一番ベタ過ぎて面白くないと感じたので、日本版では何で一番最初に持ってきたのか不思議で堪らない。確かにタイトルの語感は秀逸だけれども。731部隊を題材にした"The Man Who Ended History: a Documentary"の収録を避けたい気持ちも分からないでもないが、私は好きだったし、一読者としては気に入った作者の作品は選り好みせず全部読みたいので、後々日本でも全て訳して出版して欲しいのが、正直な所。

それにしても作者の経歴が凄い。

追記:なんと、上記の短編も一部収録している短編集が2017年に出ていたようです、恥ずかしい!好きな「状態変化」も「パーフェクト・マッチ」もこちらに収録されているようです。

母の記憶に (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

母の記憶に (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

第5位「白衣の女ウィルキー・コリンズ

手に汗握る古典名作ミステリー
白衣の女 (上) (岩波文庫)

白衣の女 (上) (岩波文庫)

水彩画の住み込み教師としてリメレジ家に派遣される事になった主人公。前夜、夜道で謎の白衣の女に出会う。派遣後、生徒である一人の娘と恋に落ちるが、程なく白衣の女からと思われる脅迫の手紙が届きー。

これぞ!ミステリー!これぞ!スリラー!素晴らしい。名作、傑作。場面転換の巧みさも、伏線の回収の仕方も、登場人物のキャラの濃さも。なんて重厚至極なエンターテイメント小説だろう。謎に次ぐ謎。ハプニングに次ぐハプニング。先が気になってしょうがないのに、所々ナレーションが冗長でフラストレーションを感じる部分もあったが、逆にサスペンスを募らせるにはこれくらいの間の取り方が必須だったのだろうと思う。複数の登場人物の言質をまとめた形の構成も一切無駄がない。

そして矢張りこの小説の一番の良さは個性的なキャラクター。マリアン程の強さと智恵を携えた女性キャラはなかなかいないし、宿敵であるフォスコ伯爵の底なしの不気味さは筆舌に尽くしがたい。睡眠も忘れて貪り読んだ、不朽の名作。1859年出版されてから売れに売れ、瞬く間に当時のベストセラーとなったのも頷ける。長い分読むのに苦労するかもしれないが、ミステリー好きには是非是非手に取って欲しい一冊。

第6位「オリガ・モリソヴナの反語法米原万里

ノンフィクションよりノンフィクションなフィクション小説

60年代のプラハで、ソビエト学校に通っていた日本人留学生の志摩。その独特な言い回しと異様な存在感で学校一の人気教師だったオリガ・モリソヴナと、彼女の友人であるフランス語教師のエレオノーラ・ミハイロヴナ。時折暗い翳を見せる彼女達の謎に包まれた過去を、大人になった志摩が解き明かす。

元同期に薦められ手に取った本。外語大卒で、非常に頭が切れると評判だった彼が絶賛したのも納得できる。本当に面白かった。先の読めない展開と巧みな場面転換にページを繰る手が止まらない。歴史的事実を上手に盛り込んでいて、ノンフィクションよりノンフィクションらしいと言われるのも頷ける。スケールがここまで大きい本を読んだのは久々。非常に満足感のある読後だった。

第7位「その女アレックス」ピエール・ルメートル

舐めちゃいけない(色々)
その女アレックス (文春文庫)

その女アレックス (文春文庫)

 突然男に誘拐され、無人の工場で一人檻に閉じ込められたアレックス。飢えとじわじわと迫り来るネズミ達に怯えながら、必死に脱出の機を伺うもー。

ネタバレが怖くてこれ以上あらすじは書けません!一時、その衝撃の展開にだいぶ話題になったフランス刑事物ミステリー。いつもいつも世間の熱が冷めてから手に取ってしまうタイミングの悪さはさておき、沢山の人が騒いだのも頷ける。どんでん返しに次ぐどんでん返しに、先が気になってページを繰る手が止まらない…!この展開はなかなか斬新。シリーズ物の二作目だが、一作目を読まなくても充分楽しめる。三作目も気になる~。

第8位「フェルマーの最終定理サイモン・シン

人は巨人の肩の上に立つ
フェルマーの最終定理 (新潮文庫)

フェルマーの最終定理 (新潮文庫)

17世紀、驚くべき証明を得たという書き置きを残し、この世を去ったフェルマー。彼の最終定理は長い間証明も反証もされず、そのまま永遠の謎として残るかと思われた。やがて360年以上の時を経た1994年、ある男がついに完全証明の偉業を成し遂げるまでの、数々の数学者達による苦難と格闘の日々を綴る。

新潮文庫の100冊」に挙げられていた事をきっかけに手に取ってみたけど、これはアツイ!数学なんてヒューマンドラマから一番縁遠い世界かと思いきや、人の欲と業で溢れているのは結局人間が関わっている以上、他の業界と変わらないんだなぁ。それでも、数学者の方々の純粋な知への飽くなき探求心と積み重ねた努力は、本当に本当に尊いし、崇高だ。自分は頭が良くないから尚更なのか、そんな彼らに強く憧れる…。フェルマーの最終定理以外にも数々の数学定理を分かり易く解説した一冊、意外とスポ根好きな人が一番ハマるかも。

最後に

こうやって見るとだいぶ偏ってるなー。とにかく本の世界に没入できる作品が好きなのかも。今年は現実で大変な事が多かったので尚更。英語いう所の、"A good book makes you want to live in the story. A great book gives you no choice."ですかね。2018年は、もう少し自分の視野を拡げていきたいと思っているので、ノンフィクションを積極的に読もうかと思ってます。あとは世界の文学も。新しい一年、これからもどうぞ宜しくお願い致します。