ゴミ本なんてない

色々な本の読み方の提案をしているブログです。

2021年、装丁が素晴らしかった本ベスト5+α

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実は「フェチ」と呼んでも良いくらいに装丁が好きで、「装丁が良い本は内容が良い確率も高い」という持論も相俟って、見た目や手に取った感触だけで本を買ってしまうこともしばしば。好きなだけで特に知識はないので、「良いね」「凄いね」「素敵だね~」としか言えないのだけれども、2021年出版の書籍で特に装丁が良い!と思った5冊を紹介します。予め断っておくと、主に海外文学を中心に読むのでジャンルが凄く偏ってます。また、歌集はもはや良くない装丁の本が見つからないくらいなので、今回はノーカンとしました。

では早速個人的ベスト5(とその他気になった装丁の本)を紹介したいと思います。

第5位「味の台湾」焦桐

味の台湾

味の台湾

  • 作者:焦桐
  • みすず書房
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出版社:みすず書房
イラスト:張宗舜・陳妮均
装丁:大倉真一郎

本作は美食家、そして健啖家でも知られる台湾詩人の筆者による、台湾料理にまつわる散文集。元々は『味道福爾摩莎(フォルモサの味)』という作品に収録されていた160篇から60篇を選りすぐったもので、各篇に料理名が冠されている。「肉臊飯(滷肉飯、ルーローハン)」「小籠包」「臭豆腐」など自分でも口にし馴染みがあるものから、「四臣湯(四種の漢方入り豚モツのスープ)」や「鳳梨苦瓜鶏(発酵パイナップルとニガウリ、鶏肉のスープ)」など初めて聞いたものまで、台湾の家庭料理、屋台料理、客家を初めとする移民料理など、数々の料理を著者の個人的なエピソードと共に紹介している。

が、溢れる肉汁も!ツルツルの麺も!今すぐ啜れる訳でもないのでマジで拷問、生き地獄。空腹時に読むとただただ苦しいだけなので絶対にオススメしない。台湾は本当に飯が美味い、美味すぎて一週間で四キロ増量したこともあるくらいなので、自らも厨房に立ち(豚足を調理する時は毛抜きで一本一本毛を抜き、三度も湯通しするらしい)、尋常ではない量を食す著者の信頼感溢れる筆致に悶えない訳がない。逸品をふるまう店も紹介されているので、グルメガイドとしても重宝しそう。しかしコロナ禍もあり、一体何店が今も残っているのか…。刻一刻と変わりゆく現代台湾の食事情を写実した歴史史料としても、価値が高い一冊になりそう。

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食欲をそそるクチナシ色のタイポグラフィと、黒のイラストレーションのコントラストが目を引く本著。パラパラとページを繰ると、中にも同様の台湾料理の挿絵が。なんと全て描き下ろしだそう。

同じく台湾出身の作家である呉明益の『自転車泥棒』の文庫版も装丁が素晴らしいので、併せて紹介しておく(単行本も良い)。挿画として使われている細密画は全て本人の手によるものらしい!

第4位「消失の惑星」ジュリア・フィリップス

出版社:早川書房
写真:Igor Ustynskyy
装丁:早川書房デザイン室

まだ夏も盛りの八月、ロシア・カムチャッカ半島の浜辺で二人の幼い姉妹が失踪した。事件の波紋は次第に大きくなり、周囲に住む無関係な女性達の心をも搔き乱す。友人から絶縁されたばかりの女の子、恋人から心が離れつつある大学生、育児に疲れ果てた母親…。事件からの12ヶ月間を様々な女性の視点から描く。

読めば読む程に、陸の孤島カムチャッカの解像度が高まっていく。一人親家庭への偏見、先住民族や移民に対する差別、被害者に非があるとされてしまう女性への加害事件…。日本に住む我々にとっても決して他人事ではない、そんな障害物の数々にぶつかりながら、孤独を抱えた女達が社会によって定められた場所から、自身が求める場所へと、まるで流氷のように静かに、ゆっくりと漂う。意図せぬタイミングで、意図せず他の流氷ともぶつかりながら。静謐ながらも力強い物語だった。

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フレームに囲まれた女性の姿が写るカバーを外すと、女性は消え、フレームだけが残る意匠。失踪した登場人物達を表したものか。

第3位「ダリア・ミッチェル博士の発見と異変」キース・トーマス

出版社:竹書房
デザイン:坂野広一(welle design)

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遠目からは普通に見えるのに、手に取り近くで見た瞬間「⁉」と脳がバグること請け合いのカバー。題名、副題、著者名から出版社名まで、全てが鏡文字となっている。表紙だけでなく背表紙も、という徹底ぶり。「一見ノンフィクションだが明らかに嘘だとわかる装幀にしたい、というオーダー」に応えたものだそう。どういうこと?と思うかもしれないが、実は本著、人類が2023年に経験した「上昇」と「終局」と呼ばれる、数十億人が消失するまでに至った大事件を、その関係者へのインタビューや手記を基に「キース・トーマス」という作者が振り返り、2028年に出版した一冊、という体を成している。

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そのため、本の扉を開くと、さらにトーマス氏の本の扉が出現する、という凝りよう。言うなればカポーティの『冷血』のような「ノンフィクション・ノベル」のフェイク版、モキュメンタリーとも呼ばれるもの。同じ手法を使いゾンビパンデミックの顛末を描いた『WORLD WAR Z』を彷彿とさせるが、本作の方が科学者や大統領といった関係者への取材が多く、一般市民の声が少ないのが印象的。その分、関係者が危険を察知しながらも世間には知らせず、直隠しにしようとしていた現象の断片が生々しく、怖い…例えば背骨が二本ある少女の噂、など…。一昔前のハリウッド映画ばりに展開を引き延ばし冗長に感じられる部分もあるが、先が気になりページを繰る手が止まらず、一気に読んでしまった。

同じくテキストに意匠が凝らされてるという意味では、2021年は『雨の島』、『インディゴ』、スタニスワフ・レム・コレクション、『生誕の災厄』なども気になった。いずれも題名を横に倒し表記したもの。読む時に頭も傾く。長くなりがちな英文ではよく見るけれども、日本語では珍しいかも。調べてみると『雨の島』以外は水戸部功氏によるデザインだった。

雨の島

雨の島

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第2位「掠れうる星たちの実験」乗代雄介

出版社:国書刊行会
装釘:山本浩貴+h(いぬのせなか座)

第34回三島由紀夫賞受賞の『旅する練習』で知った筆者の、批評文、書評と掌編の数々を収めた一冊。しかし著者の作品はいずれも未読。また、批評や書評は滅多に読まず、しかも本著で題材となった作品で既読のものは恥ずかしながら28作品中一作品、サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』のみ…。これぞ完全なる装丁買い…!そのうえこのブログ記事を執筆している時点では完読できていない。読書感想ブログとしてはあるまじき行為ではあるものの、今回の記事の趣旨である「2021年に出版された本で装丁がとびきり良かったものを紹介する」を鑑みると絶対に外せない一冊なので、許して欲しい。

一応表題作の「掠れうる星たちの実験」は読んだ。サリンジャーと柳田國男が共に〈生きた「もの」〉を捉えるために実験を繰り返し、その一環として「筆で書く話」ではなく「耳で聞いた話」を語ろうと希求した様子が詳らかにされていた。正直全然分かってはいないと思うが、二人の相似に大変説得力があり興奮しながら読んだ。本作の、大理石とも、剝き出しのコンクリートとも陶器ともつかぬ異様な装丁も、そんな捉えがたいものを捉えようとする、二人の苦心を表したものなのかもしれない。

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質感に拘った作品として外せないもう一冊は、まるで白地に青で染め付けられた陶磁器のような、小川洋子のエッセイ集『遠慮深いうたた寝』。日常的に使う食器を象ることで、作品と同様に氏の日常を捉えようとしているのだろうか。是非書店で手触りを確かめて欲しい。

遠慮深いうたた寝

遠慮深いうたた寝

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第1位「アーサー・マンデヴィルの不合理な冒険」宮田珠己

出版社:大福書林
画:網代幸介
装幀:
大島依提亜

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見てくれ!!!この美しさを!!!Twitterで一目惚れ、速攻で購入した栄えあるベスト装丁本はこちらの一冊。ブックカバーは元から無い珍しい仕様。本作のために画家・網代幸介氏が描き下ろしたカラフルなイラストが表紙いっぱいに広がり、そこに金の箔押しの装飾が映える。

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さらにさらに、主人公アーサー・マンデヴィルの旅路を表したタペストリー画のような蛇腹紙が前後に綴じられている豪華な造り(ネタバレになってしまうので未読の方は細かく見てはいけない)。

あのコロンブスも騙されたと言われる『東方旅行記』を記した稀代のイカモノ、ジョン・マンデヴィルの息子アーサーが、ローマ教皇の命により在るかも分からぬ最果ての「プレスター・ジョンの王国」を(しぶしぶ)目指す。お共はどこかぼーっとした弟エドガーと使命感に駆られた修道士ペトルス、そして教皇から授けられた若干臭う靴下だけ。果たして三人は王国に辿り着けるのか。バロメッツ、マンドラゴラに人語を話す犬族、といった不思議が多数登場する冒険譚。

アーサーがとにかくずっと家に帰りたがっていて不憫で笑える。基本的にうまくまとまった一話完結型で進む方式が安心感もあり良かった。参考文献録も充実しており、読後にもまだまだ楽しめる仕掛けを残してくれていて最高、これから時間をかけて全部読みたい。こんなに嬉しい特典付きで、まるでアートブックのような装丁の本が、本当に二千円台で買えてしまっても良いのか?未だに信じられないくらいに大満足の一冊だった。

せっかくなので同じく表紙いっぱいにみっちりとイラストが描かれた、インパクト大の二冊も紹介:

ベスト5一覧表

最後に

以上、2021年のベスト装丁本5選+αでした。コロナ禍で書店に足を運ぶ機会が減ると、なかなか新刊を手にし装丁を愛でることもなくなってしまうので、まだまだ落ち着きそうにない2022年も同様の記事を出してみようかと思ってます。オススメの一冊があればコメント欄で教えてください。