ゴミ本なんてない

色々な本の読み方の提案をしているブログです。

2020年読んで良かった本ベスト5

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昨年と同様、二ヶ月も経ってから一年の振り返りをするのもどうかと思うものの…今年も2020年に読んだ本の中から、特にオススメのものを紹介したいと思います。

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2020年に読了した冊数は84冊。読書以外の趣味のゲーム制作に時間を割いていたので、近年で一番読了冊数が少ない年だったかも。その分紹介する本は厳選しています!

第5位「密やかな結晶」小川洋子

密やかな結晶 新装版 (講談社文庫)

密やかな結晶 新装版 (講談社文庫)

  • 作者:小川洋子
  • 発売日: 2020/12/15
  • メディア: Kindle版

ディストピア好きとして、以前から気になっていた作品。英訳版のタイトルが"The Memory Police"(「記憶警察」)ときては余計に…。読了してみたら大当たり。久々に読後の喪失感に打ちひしがれる一冊だった。とても好き…。

ハーモニカ、エメラルドにラムネ菓子。有機物も無機物も、その概念までもが次々と「消滅」し続けていく島に住む小説家の主人公。彼女の母は他者とは違い記憶を保持できる体質を持ち、「消滅」に抗ったがために「記憶狩り」に遭い命を落とした。そして担当の編集も同様の資質を持つと知った主人公は、知人のおじいさんの手を借り彼を匿うことを決意するがー。

周囲の物が大事な思い出と共に次々と消える世界。その果てを想像すると閉塞感に息が詰まりそうになるのだが、それでもこの世界の人々は諦念と共に現実を静かに受け入れる。とても奇妙。けれど、「消滅」の美しさを考えれば無理からぬ話なのかもしれない。目覚めと同時にそれを肌で感じる人々。今度は何が消えたかと外に出てみると、近くの川を覆い尽くす程のバラの花弁。次々と風に流されてくる赤、ピンク、白のカケラ。小説が消えた時は焚書により上がった火柱がとても厳かで。これらの事物に象徴される呑み込まれた声、噤まれた口、隠されたモノに秘められたコト。いっそ官能的とすら言える。

忘れない、ただそれだけのために人々が捧げる犠牲に支払う代償。写真、アルバム、カレンダーに本といった記録物質に詰まった人間の切実な想いが伝わり、余計に愛しさが込み上げてくる小説だった。

第4位「火を熾す」ジャック・ロンドン

瞼を上げた途端に結膜が凍り、冷気を吸い込んだ瞬間に喉を灼き尽くし、四肢の末端の感覚はとうに消え失せたような、あの寒さをあなたは体感したことがあるだろうか。…いや別に自分もないんですが、摂氏マイナス60度〜70度の極寒の地に、まるで己も捕らわれたかのように錯覚する程の没入感で描いた表題作「火を熾す」を始めとした超傑作短編集、読んで損はありません!

「この世で一番恐ろしいモノは人間」だって?いやいやいやいや、と全力で首を横に振ってしまう程に著者の描く自然が恐い、恐い、恐い。そして例え自然を題材にしていなくとも、落ちれば一溜まりもない薄氷の上を歩くような緊張感を覚え、気が付けば本を握る手と腹に力が篭っているような作品ばかり。何でここまで生死の狭間をリアルに描けるんだろう、もしや著者も臨死体験を経たのでは、と不思議に思っていたら、カナダとアラスカの境にあるクロンダイクで壊血病を患った経験があるそう。そのためか、短編は自然への畏怖、生への執着、勝利への渇望、競争心、老いへの諦念、などなど原始的な感情が呼び覚まされる物語が多い印象。中でも「メキシコ人」はエンターテインメントの粋を集めた傑作で、終始鳥肌が止まらない。他にも「水の子」(老人が語るハワイの寓話)、「影と閃光」(透明人間SF)、「世界が若かったとき」(二重人格SF)など、イメージの大きく違う短編が収録されており作者の引き出しの多さが伺える。

自宅でぬくぬくしながら手っ取り早く極北の地で臨死体験がしてみたい…。という奇特な方には、こちらの一冊がピッタリ。

第3位 "The New Rules of War" Sean McFate

洋書、しかもノンフィクションですが。面白過ぎる、近年読んだノンフィクションの中でも一番面白かった!有名な『銃・病原菌・鉄』『ホモ・デウス』並みの知的興奮に読んでいて脳汁がダラダラ。国VS国という概念が崩れ、むしろウェストファリア条約前の戦乱期の様相を呈している21世紀の戦争とは。

アメリカ空軍の空挺兵、民間軍事企業の傭兵を経てジョージタウン大学外交政策大学院の現役教授という異色のバックグラウンドを持つ著者によると、アメリカは第二次世界大戦以降、一度も戦争に勝利していない。戦いが起きていない訳ではない、むしろ武力紛争は大戦前に比べ倍増しており、全世界の約半数の国が現在何かしらの紛争の只中にある。しかし、昔のように国と国が争うのではなく、宗教団体・麻薬カルテル・傭兵や軍・企業が実権を握る母体が紛争の主役となっている。そして、ベトナム・イラク・アフガニスタン紛争と、戦争に立て続けにアメリカは負けている。それでは勝者は誰なのか?新しい戦争の在り方に素早く順応したロシアと中国だ。戦時と平時を分けることはもはやナンセンス、ハイコストな戦闘機などの軍備の増強も無意味。新しい戦争に勝つためには、ロシアや中国のように諜報活動と傭兵の積極採用をすることが急務だ。これはまさに現代のアメリカが忌避している手法で。しかし、歴史を紐解けば、独立戦争時代のベンジャミン・フランクリンはフェイクニュースを操り、60年代にはCIAが暗躍していた。アメリカ政府は方針の転換を迫られている。

自分がNGO職員としてシリア紛争に関わっていた時に感じた猛烈な違和感の原因がやっと分かって、腹落ちした。国連の限界を痛感したあの日々。「国」なんてあってないようなもんだもん、そりゃそうだよなぁ…。現代において外交は今まで以上に重要だが、交渉相手はもはや国ではない。アメリカは最近になってだいぶここら辺を意識し始めた気がするが、果たして間に合うのだろうか…。そしてそんな中、日本は一体…?

第2位「ドン・キホーテ」ミゲル・デ・セルバンテス

ドン・キホーテ 前篇一 (岩波文庫)

ドン・キホーテ 前篇一 (岩波文庫)

風車を巨人と勘違いし戦いを挑む主人公ーこのシーンで有名な名作古典、ただし最後まで読んだ人はどれだけいるだろうか。そんな自分も類に漏れず、ブログ記事で紹介するためでなければ絶対に読まなかったであろう作品(現代小説で引用される回数も夥しいのでいつか読みたかったのだけど)。だって1000ページ近くもある超重量級…。ついに重い腰を上げ読み始めた所、予想以上に面白くてあれよあれよという間に読み終えてしまった。騎士道物語の魅力に取り憑かれた主人公のドン・キホーテが、自らも騎士となりお供のサンチョ・パンサを引き連れ冒険の旅に出る。彼の目には宿が城となり、砂塵蹴立てる羊の群も戦場の兵と化す。そんな彼の奇行に気付けばニヤニヤ、サンチョ・パンサのボケとツッコミ兼ね揃えた異才にフフフ。そして各々の不幸と悩みを抱えたキャラクターが加わり物語はさらにワチャワチャ。極め付けには皮肉の効いたメタ要素!なんとも愉快!そして意外に下ネタも多かった笑 前編の出版後、贋作が出たために慌てて出版されたという後編と合わせた二部構成、それぞれ毛色が違う所も面白い。前編で多く見られた作中作が後編では廃されていたのが残念だったが、代わりにサンチョ・パンチョがより生き生きとしていて良かった。しかし物語には必ず終わりが必要で、筆者により無慈悲な結末が記される。寂しいなぁ。悲喜交々の大長編、無人島に持って行くならこの一冊かもしれない。

第1位「風と共に去りぬ」マーガレット・ミッチェル

最っ高、最 OF 高にて最高の一冊。万感胸に迫るとはまさにこのこと。烈女スカーレットの波乱万丈な人生を描いた大長編、『ドン・キホーテ』と同様にめちゃくちゃ長い、長いのにずっとクライマックスで、面白くない部分が一切ない…!残りのページ数が少なくなってくるにつれもう終わってしまうのか…と残念でならなかったし、読了後もまたすぐに読み直したくなるのをやっとの思いで踏み止まった程。

舞台は南北戦争勃発前のアメリカ南部、ジョージア州。農園主の娘スカーレットはその名の如く、真っ紅に燃え盛り全てを焼き尽くす炎のように苛烈な性格の持ち主で、その身勝手さは序盤からアクセル全開。意中の男性アシュリ、その許婚でありスカーレットの恋敵であるメラニーと、彼らをどこか斜に構えた態度で見ながらも、スカーレットに求愛するレットの三角関係どころか四角関係から目が離せない。自分に欠け、相手が持つ部分に羨慕したり、互いに似通った部分に共鳴したり。全員めちゃくちゃ良いキャラなんだよな〜。

しかし南北戦争の火蓋が切られ、南軍が劣勢に追い込まれると同時に死と飢えが地を覆い地獄が始まる。この物語中盤から、食にも金にも替えられない南部人としての誇りだとか気位だとかは一切かなぐり捨て、誰の手も借りず、ただ自分と家族の生存のために戦って戦って戦い続けるスカーレットの強かな姿にもう胸が一杯に。そしてひ弱でお人好しのメラニーも…強い、強過ぎる!まさかのダブルヒロイン展開にお腹一杯…にはならず、もっと、もっと、と読み進める内にいつの間にか物語は終盤へ。古き好き時代の「風」はあっという間に「去り」、新時代の人間として独り南部の地に立つスカーレットの最後の言葉に一抹の寂しさと、やはり頼もしさを感じずにはいられなかった。

あまりの素晴らしさに感想を書きながらまた感極まってしまいそうに。南部の人間としてではなく、娘・妻・母としてでもなく、ただ自分のために、自分が拓いた道を突き進む主人公の姿は恐らく一生焼き付いて離れないと思う。

ベスト5一覧表

最後に

以上2020年のベスト本でした。普段は小説を読むことが多いものの、フィクションやノンフィクションを一番バランス良く読めた年だったかも。2021年は(どうせすぐ忘れるだろうけど)ジェンダーに関する書籍やSFを中心に読んでいきたいと思います。

ちなみに過去のベスト本は以下です: